第3話 恋のキューピッド
屋上は一般生徒には解放されていない。万が一何かあったらいけない、という真っ当な大人たちの意思決定により、行事がない限りは立ち入り禁止になっている。アニメやゲームの世界みたいにはいかないようだ。まあ、俺以外は。
俺はポケットに入れていた鍵を使って屋上の扉を開けた。
「え……先輩なにしてるんですか?」
「屋上の鍵開けてんだよ。見てわからないのか?」
「いやわかってるから訊いてるんですけど!? なんでそんなもの持ってるんですか!?」
「去年卒業した先輩からもらった」
この鍵は去年よくしてくれた3年生の先輩にもらった。
今思えばどうやって仲良くなかったかわからないその先輩は、一言で表せば自由人だった。授業はよくサボるし、だらしないし、後輩に金をせびってくることもあった。だけど、不思議と惹かれるなにかを持っている人だった。
その人は授業をサボるときによくこの鍵を使って屋上で寝ていた。何回かお供したこともある。
「その先輩はどうやって手に入れたんですかそれ?」
「さあ? 先輩は拾ったって言ってたな」
真偽はわからないけど、先輩はたまたま校庭で拾ったと言っていた。どこの鍵かと学校中を探し回って、やがてたどり着いたのが屋上だったそう。それからサボるときに便利だと、都合よく使い続けていたらしい。
教師もまさか生徒が屋上の鍵を持っているとは思っていないから全然バレないとのこと。灯台下暗し。
「先輩が卒業するとき、『もう必要ないからあげる』って言われてから俺が引き継いだ」
以来、何回か一人になりたい時とかに使っていた。
これは他の誰にも入ることができない、俺だけの秘密の場所。
だから、二人きりになりたいならここが最適だった。
「うわあ! 気持ちいい!」
屋上に足を踏み入れた死神が楽しそうに笑う。その笑顔に今朝俺は殺されたわけだが。
太陽が照らす昼下がりの屋上は、朝より気温も上がっていて、いい感じの体感温度になっていた。
たしかに、授業サボって昼寝するには最適な場所だな。
「なあ死神。お前は何がしたいんだよ?」
早速、俺は本題を切り出した。
「死神? それよりもせっかくなんですからお昼ご飯食べながら話しましょうよ! 青空での昼ご飯なんて贅沢ですよ!」
死神は踊るように全身で楽しさを表現しながらフェンスにもたれかかって座った。
仕方なしに、俺もその隣に腰を降ろす。
死神は弁当を、俺は菓子パンを食べる。
「まず、私は死神なんかではありません。
弁当を摘まみながら、死神は箸で俺を指しながら言った。お行儀が悪うござんす。
「そうか。でさ、死神は俺になんの恨みがあってあんなことしたんだ?」
「話聞いてました!? 私は雛森夕陽ですよ!?」
「お前なんか死神で充分だ! 俺の告白の邪魔しやがって!」
「それは……その……ご迷惑をおかけしました」
雛森は気まずそうに視線を逸らした。
「しかもお前は俺の彼女だと誤解されてる。一部で俺は彼女いるのに他の女に告白したゴミカスとか言われてんだぞ?」
「なら私と付き合えばひとつ誤解じゃなくなりますね!」
「は……?」
「いや、マジで嫌そうな顔しないでください。冗談ですよ」
そっか。危うく菓子パン握りつぶすところだったわ。アンパンマンの脳みそが飛び出てR指定入るところだったわ。
「お前と付き合ってたら、あの時の俺は本当にゴミカスになるじゃねぇか」
「そのくらいの常識は持ち合わせてるんですね」
「お前俺のこと馬鹿にしてんの!?」
「いや! そんなことないですよ! 朝から公開告白しようとした人にしては、意外とまともな思考回路を持ってたんだなとか思ってないですよ!?」
「全部言ってんじゃねぇか!」
「しまった!?」
何が嫌って、客観的に見たらわりと言い返せないところなんだよな。
たしかにいくら氷瀬に想いを伝えようと思っても、さすがにあそこまで大々的にやる必要はなかったかもしれない。
でも、放課後に校舎裏で告白しようとしたら、保護者同伴で来られた、なんて話も恭平から聞いている。保護者と言うのは十波のこと。それを聞いてしまうと放課後に呼び出すのは厳しい。放課後でなくても、昼休みとかでも保護者ついてきそうだし。もうそこまで来たら保護者ってよりストーカーだよな。
とは言え、そんな前情報を仕入れてしまったため、俺は氷瀬だけと向き合う時間を作りたかった。それがあれだ。
「……あれはやり過ぎたなぁ」
第三者から言われて、途端に頭が冷静になる。氷瀬のことになると、俺は猪突猛進、スーパーポジティブになるようだ。
その反動がこうして冷静になったとき襲い掛かってくる。
「うごごごごごごごご……」
頭を抱えて
彼女がいるとかいないとか関係なく、そもそも氷瀬の気持ちを考えられていなかったんじゃないか?
あんな大勢の前で告白されるなんて普通嫌だよな。なにしてんの俺?
自己嫌悪のループが止まらない。俺、ゴミカスだわ。
「俺……ただのやばいやつじゃん……」
「やっと気づいたんですか? あれは正直に言えばないですね」
「お前少しは慰めようとは思わないの? てかずっと思ってたけどお前と俺はどんな関係なの?」
俺は名乗っていないのに、雛森は最初から俺のことを伊織先輩と呼んでいた。
朝の時だって、やっと見つけたとか、忘れるなんて酷いとか言ってたし。
「えぇ……まだ思い出せないんですか?」
雛森は不服そうに口を尖らせる。
「ごめん。本当に思い出せない」
「酷いです! 私は先輩からもらった恩を一時も忘れたことはないというのに!」
「恩? うーん……?」
改めて雛森の姿を見る。
小動物のように小型な体躯。肩にかかるくらいの髪の一部を耳の上で結んでいる。そしてまだ幼さを残す丸い瞳に、俺は何ひとつ見覚えがなかった。
「悪い。やっぱり思い出せない」
「そうですか……まあ、あの時とは少し見た目も変わっているから仕方ない部分はありますね」
口ではそう言いつつも、雛森はどこか寂しそうに指で地面をなぞっていた。
「それでも、先輩に恩があるのは事実で、私はそれを返すために先輩を追ってきたんですよ!」
雛森はバッと立ち上がって俺を見下ろす。
そしてビシッと俺に指を指して高らかに宣言した。
「だから私が、伊織先輩の恋のキューピッドになります!」
「……はい?」
「私が邪魔した伊織先輩の告白。私が責任を持って成功に導いて見せます! 大船に乗ってください!」
「……いや、いらないんだけど」
「そこは素直に受け入れるところですよ!? 私にも手伝わせてくださいよ!」
「もう朝にやらかしてる前科があるからなぁ」
「かっこよく決めさせてくださいよ! もういいです! 私が勝手に手伝いますからそのつもりでいてください!」
「えぇ……」
恩返しって押し売りできるものなんだっけ? 鶴はもう少し控えめな恩返しだったような気がする。
そのあとも手伝う手伝わないの押し問答を繰り返し、最終的には俺が折れた。
かくして、死神改め恋のキューピッドは俺へ恩返しの押し売りを開始した。
なんか……嫌な予感がするんだよなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます