第4話 その名は恋愛心理学①
少し作戦を練る時間をください。
雛森にそう言われること数日、クラスでの俺は相変わらず陰でゴミカスと呼ばれているようだった。恭平情報。せめて正面から言え。
厳密に言えば状況はわからないけど、クラスの俺を見る視線が少し厳しくなっているような気がする。主に女子から。
もしかしたら十波があられもない噂を流しているのかもしれない。
だって氷瀬に挨拶しようとしたらもの凄い剣幕で邪魔してくるんだもん。そこまで警戒しなくてもよくない? 俺別に悪いことは公衆の面前で氷瀬に告白しようとしたくらいしかないよ? わりと重罪だったわ。
いやね、あれは本当に反省しているんですよ。氷瀬に謝りたいけど、こうして十波に邪魔されているからそれもできない。
氷瀬は俺のことをどう思っているんだろうか。気になる。
まだ氷瀬が昼ご飯に食べている卵焼きになりたいくらい愛が溢れているし、氷瀬とのキャッキャウフフな学園生活も諦めていないけど、それでも悪いことをしたのだけは先に謝りたいんだよ。
その機会すら奪うってのはちょっとやりすぎじゃない? 十波さん? チラッと氷瀬の方を見たら十波と目が合った。違う。お前じゃないんだよ。だからそう睨むなって。
氷瀬はこっちを向いてはくれなかった。そりゃそうだ。後ろからの視線に気づいて振り向いたらエスパーだよ。でも、人って意外と後ろからの気配に気がつくよな。見えない部分は警戒しているってことなのか。
いや、待てよ。そうすると氷瀬が俺の視線に気がつかないのは、俺を警戒していないってことにならないか。
まだ……希望はあるかもしれない。
ふっ……十波。お前の睨みも笑顔で受け取れるメンタルをセットできたぜ。かかってこいよ。
「ま、どっかで謝らないといけないよな」
ため息混じりに言えば、携帯にメッセージが来ていた。
「なになに。話があるんで放課後にあの場所を開けておいてください……ね」
メッセージは雛森からだった。
用がある度に後輩が先輩の教室へ来てしまったら疑惑は深まるばかりになる。だから俺は断腸の思いで雛森にPINEのアカウントを教えた。家族以外で最初の異性は氷瀬って決めてたのに……泣きそう。
ただまあ、自称恋のキューピッドは作戦を考えてきたってことね。
恩を返したがっている後輩に付き合うのも先輩の務めか。嫌だけど。無視した方が面倒くさそうだから仕方ない。
なので授業が終わってすぐ、俺は屋上のカギを開けて雛森を待つことにした。
『お、屋上に来るとはお目が高い』
梯子の上。屋上で一番高いところを見ると、この鍵をくれた先輩との邂逅を思い出す。
まさか屋上に人がいると思ってなくて、クソビビった記憶が鮮明に残っている。
だから言われた言葉も一字一句覚えているんだろう。
でも、名前はよく思い出せなかった。1回だけ聞いたような気がするんだけど。
俺と先輩はそんな関係だった。名前なんて覚えてなくて、たまに屋上で会う時に話すだけの関係。まあ鍵を持っているのは先輩だったから、俺はちょいちょい屋上まで来て引き返すこともあったけど。
「先輩、元気にしてるかな」
連絡先だって交換していない。俺と先輩は本当に屋上だけの関係だった。今はもう、この鍵だけが唯一先輩との間に残された繋がりだった。
「先輩側の景色ってのも体験してみるか」
ふと思い立って、俺は梯子を上って屋上を見下ろしてみた。
「へぇ、思ったより見え方が違うな」
人が、景色が、一段下の時よりもっと小さくなり、その代わり全体がよく見渡せるようになる。
これがてっぺんの景色か。先輩がよくここにいた気持ちが少しだけわかったような気がした。
「あれ……伊織先輩がいない」
やがて雛森がやってきて、俺が屋上にいないと思い込んで辺りを不安そうにキョロキョロしている。
「もしかして……氷瀬先輩とうまくいかなくて飛び降りたとか!?」
「勝手に殺すな!」
「うわぁ!? 伊織先輩!? いたんですか!?」
「ふふ……」
意識の外から声をかけられて肩をビクッとさせる姿が、あの日の俺と被って見えて、笑みが零れてしまった。
梯子を下りて、雛森のところへ行く。
「驚かさないでください! ショックで死ぬかと思いました!」
まあたしかにそれくらいの驚きようではあった。
「悪かったな。俺も通った道だ」
「もう……飛び降りたかと思って心配しました」
「俺が飛び降りるわけないだろ。そんなことしたら氷瀬と付き合えなくなる」
「死ぬか死なないかのラインが氷瀬先輩なの控えめに言ってやばいですね」
「そう褒めんなって」
「え? 今一切褒めたつもりなかったんですけど?」
なんか真顔で引かれている気がする。
「やばいっていい方のやばいじゃないのか?」
「ダメな方のやばいですね。伊織先輩って氷瀬先輩のことになると若干思考がアホになりますよね?」
「それ友達にも言われたわ。そんなことないと思うけど」
「悪いとは言いませんが、自覚は持った方がいいと思います」
「氷瀬が大好きって自覚? それならもうとっくにあるから安心していいぞ」
夢に出るくらい大好きだから。そこは自覚ありまくりだから。
「……すみません、私が馬鹿でした。これ以上は面倒くさいことになりそうなんで本題に入りますね」
雛森はカバンから一冊のノートを取り出して、その1ページ目を俺に見せつけるように開いた。
「恋のキューピッドとしての作戦。しっかり考えて来ました!」
俺はそのノートに大きく書かれた文字を読み上げる。
「なに……恋愛心理学作戦?」
恋愛心理学……なんぞや?
意味がわからないけど、雛森は自信満々そうに胸を張っている。
顔も上を向き、どやぁ……という効果音が似合いそう。
「そう、恋愛心理学作戦です!」
俺の言葉を復唱して、雛森は満足そうに頷いた。
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