第27話 見直した
大通りにかかる歩道橋。その階段の入口で、おばあちゃんが荷物の入ったカートを持ち上げようとしていた。だけど、買い物をいっぱいしたのか、一人で持ち上げられず途方に暮れている。
「おばあちゃん! 手伝うよ!」
そんなおばあちゃんの背中に話しかける。
「あら……悪いわよ。私が欲張って買いすぎちゃったんだから」
カートの中は確かにいっぱいの食料品が入っていた。
「気にしなくていいって。困ってるんだろ?」
「でもねぇ……」
「いいからいいから。俺が手伝いたいだけだから」
「そう? じゃあお言葉に甘えようかしら。ごめんねぇ」
「謝んなくていいよ。まあ、さすがにこれはちょっと買いすぎかもな」
持ち上げたカートは中々の重さだった。
もしや、底の方には重量物が隠れているのか? おばあちゃん、帰りのこと考えてなかったな。
「安売りセールだったのよ。それでつい」
「あぁ……わかるわかる。うちの母さんもたまにやるよ」
母さんもたまに家の冷蔵庫のこととか考えないでしこたま食材買う時があるからな。
安売りセールってのは不思議な魔力を持っているらしい。
「そうなのよねぇ……」
「んじゃ、さくっと行こうか」
「ごめんね。お願いできるかしら」
「任せとけって」
カートを持ったまま階段を上がる。意外ときついぞこれ。
重力……重力が俺を苦しめて来やがる。やってくれるな重力加速度……使い方あってる?
「……向こうまで運べばいいの?」
ふと、カートの重さが半分くらいになる。
見れば、反対側で十波が仏頂面でカートを一緒に持ち上げていた。
「べつに、頼んでないぞ」
「私が好きでやってんの。さっさと運ぶわよ」
「……へいへい」
二人で運べばかなりスムーズで、一人で運んでいた時よりも驚くほど速く進めた。
「ごめんねぇ。本当にありがとうねぇ」
道路の向こう岸。歩道橋を渡り切った先でおばあちゃんは俺たちに感謝の言葉を述べた。
「これからは帰りのことも考えた方がいいな」
「そうだねぇ。でも、あなたたちみたいな素敵なかっぷるがいて助かったわ」
「「カップル?」」
俺と十波は見つめ合い、そして同じタイミングで表情を歪めた。
「おや、違うのかい?」
「違います! 誰がこんなやつと!」
まっさきに十波が顔を赤くして否定した。先手を取られたか。
必死に否定する様は、本当に俺と恋人同士に見られるのが嫌だったからこそのもの。
やはり、俺と十波の仲は絶望的。せめて、俺の恋路の邪魔をしないくらいの仲を目標にしたいところなんだが。
「おやおや。必死に否定して可愛いわねぇ」
「ち、違います! ほら、あんたも否定しなさいよ!」
「ま、こいつの言ってる通りだから。俺たちはただの……」
「ただの?」
俺と十波の関係性を表すのに適した言葉はなんだ?
知り合い? いやでもそんな仲でもないよな。まあ、そうだな。
「恋敵、かな」
たぶんこれが一番正しい気がした。
俺たちの性別は違えど、同じ女を愛する者だ。同志ではないから、恋敵がちょうどいい。いわばライバル。
「はぁ……最近の若い子は複雑なのねぇ」
最後にまたお礼を言って、おばあちゃんはカートを押して去って行った。
「恋敵って……あんたおばあちゃんに何変なこと吹き込んでんのよ」
おばあちゃんの背中を見ながら、十波がため息交じりに言う。
顔はこっちを向いていない。ただまっすぐ前を見つめている。
「でも、間違ってないだろ?」
「まあ……そうね」
「やけに素直じゃないか」
「少し見直したのよ。あんたのこと……」
その言葉は、どこか柔らかった。普段感じている棘のない、たぶん俺以外と話している時の声のトーン。
氷瀬と話している時は今聞いたみたいな声音だったから。
「あんた……噂されてるほど悪い奴じゃないのね。意外と優しいじゃない」
「べつに……俺は誰にでも優しいわけじゃねぇよ」
「そうなんだ?」
「俺が手を貸すのは、ちゃんと自分で何とかしようとしてる人だけだ。それ以外は知ったこっちゃない。最初から助けてもらう前提みたいなやつは絶対に助けない」
今のおばあちゃんも、まずは自分で何とかしようとしていた。でもダメそうだったから手を貸した。
これが最初から手伝ってもらう前提みたいな雰囲気を醸し出していたら、俺はきっと無視していた。
自分のケツは自分で拭くのが鉄則。どうしようも無くなっても、まずは自分で何とかする意思を失くしてはいけない。それすらしない甘えた奴を助けるほど俺は博愛の精神を持っていない。
それだけのこと。俺の中で人助けをする基準を持っていて、それに従っただけ。褒められることでもないさ。真に優しいやつは、俺みたいに選好みしないんだから。
「そんなの普通でしょ。私だって助けてもらう前提の人を見たら助けないと思う」
「そういいつつ、周りに流されて助けるんじゃないのかお前は? 俺は周りに何と言われようが自分の信念は曲げないぞ?」
「そうね……あんたはそういう奴だってなんとなくわかるわ。あんたは自分の感情に正直だもんね」
「よくわかってんじゃん」
「そういうとこ、ほんとうざいわね」
そう言った十波は、俺の方を向いて薄く笑った。
言葉ほどの棘を感じない
おいおいどうした十波。お前本当に十波か?
氷瀬のことを近くで守る地獄の番犬。それが今は、チワワみたいにちっちゃく見えた。
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