第26話 ちょっと付き合いなさいよ
「な、なな、ななななんであんたがそれを持ってるのよ!?」
「この前拾った」
「ひ、拾った!? いつ!? どこで!?」
「移動教室の帰りで」
「あ、あぁ…………ふんっ!」
不意に十波が俺の持つノートを奪ってこようと手を伸ばしたので、俺はノートを天に掲げてそれを回避した。
こんなとき、男女の身長差が役に立つ。
「なんで避けるのよ!? いいから渡しなさい!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてノートを奪おうとする十波。さながらパン食い競争で何度やっても取れない選手のよう。
だけど俺もひょいひょいと十波の攻撃をかわす。
「だってこれお前のじゃないんだろ? そんなに必死になるってことは、相当な代物だろ。だったら本人に直接渡した方がいいかなって」
まあ……もう中身知ってんだけどさ。それに十波の友達のものってのはほぼ嘘だって思ってるんだけどさ。
でも、天敵の普段見られないような焦りっぷり。ちょっと遊びたくなるってもんだろ。
「そ、そうかもしれないけど! あんたに渡されるよりは私が渡した方がいいでしょ!」
「お前が悪用しないとも限らないだろ?」
「しない! しないから! だから早く渡しなさいよ!?」
もうその必死さがさ、この特級呪物はお前のもんだって言ってんだよ十波。
「なあ十波……これ本当はお前のものなんだろ?」
「…………違うわ」
十波の動きがフリーズした。
「俺の目を見て言ってみろよ? 正直に白状すればちゃんと渡すぞ。俺はこれの持ち主に直接渡すつもりだからな」
「わ……違うわ」
一瞬受け入れかけてから、十波は苦虫を噛み潰すような表情で返答した。
「じゃあ持ち主のところに今から一緒に行こうぜ? そんでそこでお前が渡せばいいよ。それで納得する」
「持ち主の子は……もう帰ったわ」
「じゃあまた明日にするか。俺は絶対に悪用しないからまた明日持ち主のところに行こうぜ」
「明日はもしかしたらその子体調不良でこれないかも。今日もちょっと体調悪そうだったし」
「お前未来予知できんのかよ? だからさ、これ本当はお前のだろ? べつに誰にも言わねぇからさ」
「誰にも言わない……? まさか……あんた……中身を……!」
「あ、やべ」
俺は目を逸らした。それが答えだと、十波は全てを理解したようだった。
「……終わった……よりにもよってこんなやつに……」
十波はこの世の終わりみたいに顔面を蒼白させて、目には涙を浮かべている。
「お前のもので……いいんだよな……?」
「……そうね……それは……私のものよ」
「……そっか」
俺がノートを十波に渡せば、彼女は力なくそのノートを受け取って、すぐにカバンへしまった。
沈黙が場を支配する。重い。空気が重すぎる。普段の口喧嘩より重い空気になってやがる。
氷瀬への病的な愛が歌われた特級呪物の持ち主はあろうことかやはり我が天敵十波のものであった。
どう反応すればいいのかわかならない。
天敵とは言え、お前は俺への敵対心を除けばまともな人間だと俺は思ってたんだよ。
でも、そうか……お前もあっち側の人間なんだな。はは。
「この秘密を他に知ってるやつは?」
十波が涙目で俺を睨む。
「その……恭平だけだ」
「あいつか……まああいつは自分の身に危険が迫るようなことはしないから大丈夫ね」
十波も恭平のことそう思ってたんだ。ギャルゲーの親友ポジのロールプレイをしている恭平は、あいつ自身がイベントの爆心地にならないように気を付けて立ち回っている。あくまで自分は傍観者で情報提供者だと、そのスタイルを徹底している。
この特級呪物の存在を知っているのは今現在、俺と恭平だけだ。
その噂が回った時点で、どちらかが犯人で決定。十波に粛清される落ちが見える。そんな危険をあいつは犯さない。
「だから……あとはあんたよ……」
「目が怖いんだよ目が。むしろ落としもの箱とか先生に届けなかったことを感謝しろよ! もっとやばいことになってたかもしれないんだぞ!?」
「それは……そうね……」
十波が言い淀む。俺の言った言葉の中に納得できるものがあったんだろう。
「でも、私の秘密を知ったあんたには、相応の報いを受けてもらうわ」
「まじかよ……」
善意でノートを拾ったのに、とんだ貧乏くじ引いちまった。
感謝こそされど、報いなんてもってのほかだろ普通。
でも、十波と仲良くならないとどのみち彼女は東雲に消されるわけだし、これは受け入れるしかない。
「あんま痛くないので頼むわ」
暴力反対。俺は痛いのは得意じゃないんでね。
「は? べつに暴力振るうつもりはないわよ」
「じゃあ俺になにさせんの?」
「ちょっと、私のストレス発散に付き合いなさいよ」
「えぇ……」
それって、本当に暴力と違うの?
でも、今の俺に拒否権なんてない。これで十波と多少心の距離が縮まるなら、彼女の命を救うためにも致し方ない。
ついてきて。その言葉に従って俺は十波の後ろに続く。校舎を出ていき、大通りへ向かう。
べつにまだ仲良しではないので、隣で和気藹々と話しながら歩いたりしない。主人と従者みたいな一定の距離感をキープして進む。
無言の時間。だけど気まずくなったりはしない。これが俺と十波の本来の距離感なんだから。
「……お」
大通りの一角、歩道橋の下で俺はあるものを目にした。
「なに? どうしたの?」
十波が怪訝そうに振り返る。もっと普通な顔で振り返れないのかよ。べつに喧嘩するつもりはねぇよ。
「悪い。ちょっと寄り道するわ」
「は? ちょっとどういう――」
十波が文句を言い終わる前に、俺は速足で目的地へ向かった。
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