第25話 嘘だと言ってくれ
次の日。相変わらず教室での十波は俺に敵意むき出しだった。
いったいどうやってこいつと仲良くなれるというんだろうか。それでも、俺がなんとかしないと東雲によって十波が消されてしまう。なんで俺が十波のために十波と親交を深めないといけなんだ。意味がわからん。
でも、そうしないともっと意味のわかならないことになる。頭が……拒絶反応で頭が痛い。やりたくないことをやろうとするのは精神上よろしくない。
十波を消されたくなければ、十波と仲良くなれ。だあ意味がわからん! 昨日から何回頭を抱えたことだろう。
でも、もし十波が突然消えたら氷瀬が悲しむ。氷瀬が一番仲のいい女子は間違いなく十波だ。ずっと教室で見てきたからわかる。十波は半分くらいどうでもよくなってきたけど、やっぱり氷瀬が悲しむのはだめだ。
自己矛盾を抱えながらも、俺は十波と仲良くなる方法を考えた。
まあそんな簡単に思い付いたら苦労しないわけで、放課後、俺はまずはこの前拾った特級呪物の持ち主を探すことにした。
仮にこの特級呪物を落としたことに気づいたら、きっと落とし主は落とした可能性のある場所を探すはずだ。
だから、このノートを拾ったところで張っていれば、もしかしたらノートの持ち主が通るかもしれない。
見たものの精神を蝕む呪いの書物だ。めちゃくちゃ焦ってるやつがいればそれが正解だろう。
これは本人に直接返さないといけない代物だ。同じ氷瀬を愛する者をこの目で見ておきたい。ここまで重い愛を捧げるやつの顔を拝んでおきたい目的もあった。
「……なんでお前がいるんだよ」
そう思って呪物を拾った場所に行ったのに、今日もまた先客がいた。
「それはこっちのセリフなんだけど?」
十波が気だるそうにこちらを見た。目が合う。それ即ち、ポケモンバトル開始の合図。
「あんた、今日は図書委員の仕事ないでしょ? なんでここにいるのよ?」
「それはお前も同じだろ。なんでこんなところにいるんだよ?」
ここは教室が並んでいる場所ではない。
図書室や移動教室で使う特殊な教室があるゾーン。用も無ければこんなところを散歩する人間などいない。
「言ったでしょ。探し物よ」
「ああ、この前も言ってたな」
「覚えてるんだ、キモ……」
なにこいつ、何回かに一回は俺を罵倒しなきゃ死ぬ呪いにでもかけられてるの?
今の流れでキモ……を挟む隙はなかっただろ。力でねじ込んできやがったな。
マジでさ……どうやってこいつと仲良くなれって言うんだよ。無理だろ。
いや諦めるな。俺が諦めたら十波が消される。今の東雲はやると決めたらやる女だ。さすがに無実の罪で消されるのは忍びない。頑張れ俺。
「そう喧嘩腰になるなよ。べつに俺はお前と喧嘩したいわけじゃない」
胃液が逆流しそうになるのを耐えながら、俺は普通の会話を試みる。
先に相手が変わるのを期待しても時間の無駄だ。相手に変わって欲しいならまずは自分から態度を変えなくては十波とはまともに会話できない。死ぬほどしんどいけど、やるしかない。
「べつに私だってあんたと喧嘩するつもりはないわよ」
「じゃあなんでいつもけんか腰なんだよ?」
「それはあんたが喧嘩腰だからでしょ?」
「あ? そんなつもりないんだけど?」
「は? 今のそれなんてまさにそうでしょ?」
視線に火花が生じ始める。メンチ切ってるみたいに歪んだ視線が交錯する。
違う違う。だからなんでこうすぐバトルの雰囲気になるんだよ。そうじゃないんだって。
「……悪かった。そんなつもりはないんだよ」
頭を掻きながら謝れば、十波を目を丸くして固まった。どうやら俺から謝罪の言葉が出るとは思っていなかったらしい。
今も口の中から血が出そうだけど、ここでまた喧嘩別れしては元も子もない。
だから今は俺が歩み寄るしかないんだ。
「今日はやけに殊勝じゃない。風邪でもひいた?」
こいつ……いちいち一言余計な奴だな……。喧嘩を売らなきゃ死ぬのかお前。
でもな、俺と喧嘩したら死ぬのはお前だからな。お前は知らないだろうけど、超常の権力がお前を消す算段を立ててるんだからな? 俺はそれをなんとか回避しようとしてんだよ。わかれよ。
なんで俺がこんなことしてんだろってずっと思ってんだからな。ほんと……お前がどうしようもないクソ野郎だったらこんなことしないでさっさとご退場願うけど、お前は俺に喧嘩腰なこと以外はまともな人間だって知ってんだよ。
そんなやつがいきなり謎の権力で潰されたらあんまりだろ。そういうことなんだよ。
俺は自分の目的のためとはいえ、悪人にはなりきれない。どっかのやつらとは違って、俺にはまだ倫理観が残ってるからな。
「そうだな、体調は良くないな」
本当はやりたくないからな。今も心臓ちゃんが拒否反応示してる。
「……だったら早く帰って寝なさい」
「……ほあ?」
「なに呆けてんのよ? 馬鹿なの?」
「いや……お前が俺の心配するなんて風邪でもひいてんのかなって思って?」
「喧嘩売ってんの?」
「違えよ! そこに立ち返るのやめろよ!」
無限ループ始まっちまうじゃねぇか。
「つかさ、お前の探してるものってなんだよ? こんなとこに落ちてんのか?」
移動教室くらいでしか使わない道。こんなとこにそうそう落とし物なんか落ちてない。
「……ノートを探してんのよ」
しばしの沈黙の後、おもむろに十波が口を開いた。
「ノート?」
「そう。ハートのシールがいっぱい貼ってあるノート。私はそれを探してるのよ」
「お前の?」
「……友達のノートよ」
少し言葉を選ぶように十波は言う。
「話したついでよ。もし見かけたら絶対に中身を見ないで私に渡しなさい。友達にもそう言われてるの」
「はぁ……ハートのシールが貼ってあるノ――」
待て。こいつ今なんて言った? ハートのシールがいっぱい貼ってあるノートだと?
俺は自分のカバンに忍ばせている特級呪物をほんの少し持ち上げて、その特徴を確認する。
あ、やっぱハートのシールいっぱい貼ってあるわ。どうりでなんか聞いたことあるなぁって思ったんだよ。え、マジ?
「…………」
「ちょっと、なんで急に固まんのよ?」
「なあ十波。それって本当に友達のノートか? お前のじゃないのか?」
友達の、という時に少し言葉を選んでいたから、念のため確認してみる。
「……違うわ」
目を逸らすな十波。え……これってもしかするの?
待って待って脳がバグりそう。十波の求めているものと俺が抱えている特級呪物の特徴が完全に一致している。
え待って? マジで言ってんの? この特級呪物の持ち主ってもしかしちゃうの!?
俺は……大きな思い違いをしていたのか? てっきり氷瀬への病的なまでの愛を歌っていたから、これは男のものだと勝手に思い込んでいた。
だが、時代は多様化している。そう、この特級呪物の持ち主は男とは限らなかったんだ。
どうする? 正直に言うか? こいつが去ったあとさりげなくここに置いて去るか? 無難なのは後者。
それでも、俺にはひとつミッションがある。十波朱莉と仲良くなる、ないし俺の恋路を邪魔しなくなる程度に友好を深めること。そのためには嫌でもコミュニケーションは必須。ならやるしかない。
この選択がどっちに転ぶかはわからない。だが、行動の先にしか結果はない。南無参!
「十波……」
俺は意を決して口を開く。
「なによ?」
「……お前が探しているノートってこれか?」
「は……ぴぇ!?」
俺がカバンから特級呪物を取り出せば、十波は俺が今まで聞いたことのない奇声を発して飛び跳ねた。
そうか……やっぱそうなのか……。
これは……中々強烈な展開だぞ……。
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