第17話 新しいイベント②

 簡単に挨拶を済ませ、早速雛森による説明が始まった。


「はい! 改めまして、恋愛心理学実証実験を手伝ってもらう東雲神楽ちゃんです!」


 もう一度雛森から紹介されると、東雲は再びぺこりと丁寧に頭を下げた。礼儀正しい子だな。隣にいる奴も見習ってほしい。


 でも、どうしようか。色々突っ込みたいけど、なんか今じゃない気がする。この先まだまだ出て来そうな気がする。


 おかしいよな。俺ってツッコミキャラじゃない気がするのに、雛森と話してると立場が変わる。


 とりあえず、俺はまず雛森の話を最後まで聞くことにした。


「まあ実証実験と言ってもやることは簡単で、二人は普通に仲良くなってもらえばそれでいいです!」


「えっと……どういうことでしょうか?」


 東雲が控えめに質問する。


「東雲さ、お前はなんて言われて連れてこられたの?」


 今の言葉、まるで内容を知らされずに招集された風の言葉だった。


「手伝ってほしいことがあるからお願い、とだけ言われてます」


「雛森?」


「誰でもよかったわけではありません。神楽ちゃんはちょうどよかったんです!」


「雛森?」


 くっそ失礼なこと言ってるような気がするけど、お前大丈夫か? この文脈で丁度いいは褒めてるように聞こえないんだわ。


 お前……東雲グループに喧嘩を売ったら闇夜にさりげなく消されるとか普通にあり得るぞ? と思ったけど、こいつが死のうが俺には関係ないから、一度死の間際で己を顧みていただくとするか。


「と言うのもですね、体育倉庫での一件をクラスのみんなに面白可笑しく話していたら、伊織先輩の評価が勝手に下がっていったんですよね。だからみんな全然引き受けてくれなくて困ってたんです」


「雛森?」


 やっぱお前だったか。


 雛森に疑念の目を向ければ、彼女はおかしいなぁと首を傾げた。


「いや違うんですよ。事故で先輩に押し倒されたけど意外とときめかなかったって話をしただけなんですよ。なのに、気づいたら事故が無理やりに変わって先輩がとんでもない悪人に仕立て上げられてました。噂って不思議ですね」


「なんでお前そんな他人事なの? お前が周りに話さなかったらそもそも噂は流れてないんだけど?」


「私の知りえない世界での話なのに、私が責任を取れなんてのはおかしな話ですよ」


「それはわかるけど、だからそもそもその話をしなければよかっただろ? ってことを言いたいの俺は」


 あの日の事件を知っているのは、俺と、氷瀬、やっちー、雛森だけである。全員がしっかりあれをなかったことにすれば、噂の煙すら立たず、俺の評価が大炎上することもなかったわけ。


 氷瀬に誤解されてないことがわかった時点で、正直もうどうでもいいっちゃいい。だけど今後もこんな感じで変な噂を流布されたら、いつかは氷瀬が信じてしまうかもしれない。その展開は俺としてもよろしくない。だからそれを避けるために、今後も噂の出所となるであろう恋のキューピッドにお灸を据えておく必要がある。


「何言ってるんですか伊織先輩! あんな面白い話を周りにしないなんてありえないですよ!」


「面白いって……お前が漏らしそうになった話のことか?」


 あの日は最悪の事態にならなくて本当によかった。


 今でも、雛森の切羽詰まった顔が鮮明に浮かんでくる。


「自分の醜態を話すわけないじゃないですか。もちろんその部分だけ隠しているに決まってます!」


 いやなんでそこで胸張るの? お前はつまり俺の評価だけが下がりそうな風に面白おかしく話したってことだろ? ガチクズじゃんこいつ。


 薄々思ってたけど、最近本性表してきたよな?


 これが恋のキューピッド名乗るのおかしくね? 俺今味方から撃たれてる状態だぜ?


「野中さんはそんな人ではないですよね?」


 東雲が目に涙を浮かべながら一歩後ずさる。


「違う。お前は俺がそんな人に見えるか?」


「あ、あう……」


 俺の言葉が冷たかったのか、東雲は涙目で俯いてしまった。


 そんな強く言ったつもりはなかったけど、やりづらいな。


 あと、ちゃんと否定して。言い淀んでもそれって結局無言の肯定になっちゃうからさ。ね?


「もう伊織先輩! 神楽ちゃんが怖がってるじゃないですか! よくないですよそういうの!」


 雛森が震える東雲を優しく抱きしめる。


「元凶は間違いなくお前だけどな」


 そもそも噂が流れなければこんなことにはなってない。


「人は過激な噂を求めてるってことですね。うんうん。以後気を付けるとします。恋のキューピッドが対象を撃ち殺すのは本意ではありませんからね!」


「あ、ちゃんと自覚あったんだ」


 あるに決まってるでしょ! となぜか俺が怒られた。


 だってさぁ……お前は絶対頭のネジを何本か落としてきた人種じゃん?


「あ……すみません。そろそろ習い事の時間なので……」


 東雲がそう言って校門を見れば、朝に見た黒塗りの高級車がお嬢様をお迎えするための準備を整えていた。


「ま、特に何をしろとも言いませんから、仲良くやってください。お互いの距離感を把握するのも今回の実験ですから!」


 その日は解散になり、先に東雲が駆け足で屋上を去って行った。


 最後に一礼してから去って行くあたり、教育がしっかりされている。


「さあ、先輩のコミュ力が試されますね」


 いや、そういう話じゃなかったよね?


 とにかく、なんか新しいイベントが始まったらしい。

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