第15話 壁ドン
「……あ、はい」
普段なら嬉しくてコンマ数秒で反応できるのに、氷瀬が出してきた話題が核爆弾過ぎて反応が遅れた。
嬉しいはずなのに、俺のテンションは急降下。おかしいな。FUJIYAMAもビックリの浮遊感。絶賛玉ヒュン中。
いや待って待って。俺もあの日の誤解はとかないとなぁって思ってたんだよ。なのにさ、まさか氷瀬からその話題が出るとは思わないじゃん。やっべ変な汗出てきた。
「体育倉庫ね……あれはほら、誤解なんですよ」
「誤解? そんなことよりさ、あの後どこまで行ったの!? あの時は邪魔しちゃいけないと思って咄嗟に逃げちゃったけど、キスしたの!?」
あれ……氷瀬の目が輝いてる。なんで?
「野中君って結構積極的なんだね! どうだった? ドキドキした? もしかしてその先まで行っちゃった!?」
「ひ、氷瀬……?」
氷瀬はグイっと俺の懐に潜り込んで見上げてくる。なんだ、いつもより表情が眩しい……!
「体育倉庫。閉じ込められて出られない二人。誰も来ない空間。寒くなってお互いの肌を温めようとして、密着したら相手の鼓動が早くなっているのがわかって。それでなんだか自分もドキドキしちゃったりして――」
「ひ、氷瀬さん……!?」
「彼女を押し倒して、ドキドキしたの?」
「いや……まぁ……した……のか?」
まあ恋ではないがドキドキはしてた。だからドキドキしてないとは言えない……よな?
だめだわかんね。氷瀬が普段と違い過ぎて俺の思考が追い付いてない。
「わぁすごい! 教えて! どんな気持ちだった?」
「どんなって言われてもな。あれはただの事故だからそれ以上はなかったから!」
「あれ? キスはしなかったんだ?」
「しないしない! あんなのとキスしてたまるかよ!?」
先輩、もういっそ口で粗相を受け止めてくださいとかいう女だぞ?
吊り橋効果を演出するために体育倉庫の合鍵を作るクレイジーな女だぞ?
あれのどこに魅力を感じればいいんだよ……無理だろ。
「なんだ。しなかったんだ……」
なんで氷瀬は物足りなさそうな表情してんの? キスした方がよかった? いやしないけど。ファーストキスは君って決めてるんだよ俺は。
「てか……なんでそんな気になるの?」
氷瀬の興味ありますオーラが凄まじかった。普段教室では見ない勢いで食いついてきた。なんか妄想たくましいことも言ってたし。
「ロマンティックな雰囲気になった時、どう感じるのか知りたかったの。私の勉強になるし」
「そうなんだ。でも、氷瀬はあれを見て俺のこと幻滅しなかったのか? 俺、今巷では変態ゴミカス野郎とか言われてるんだけど」
「変態ゴミカス野郎? 野中君が?」
氷瀬は合点がいかないのか首を傾げる。
恭平が言うには、俺は確かにそう呼ばれているらしいんだが、まさか氷瀬のところに情報が行ってないなんてことがあるのか? 十波とか喜んで告げ口しそうなんだけどな。あいつ氷瀬に近づく男には容赦しないし。
それにあの恭平がデマを言ってるとも思えないから、噂は確実に回ってるはずなんだよな。事実とは違うけど。
じゃあなんで氷瀬はきょとんとしてるんだろうか。
まさか、氷瀬はあれがデマだと最初から理解してくれているということか!? そうなれば今納得してなさそうなのも頷ける。そうだ。そうに違いない。やっぱわかる人にはわかるってことね。さすが女神。
「そういえば朱莉がそんなこと言ってたかも。でも、私はたぶん違うなって思ってるから」
ほらね。やっぱそうじゃん。いやぁ……わかる人にはわかっちゃんですわ。
でも、なんで氷瀬はそう思っているんだ? 誤解ってのはそうなんだけど、あの時の状況証拠だけ見れば俺は真っ黒くろすけよ。
「野中君、さっき東雲さんのこと助けてたでしょ? そんな人が女の子を無理やり押し倒すなんて思えないから。だから二人は愛し合った末に蜜月な関係へ発展するのかなって思ったんだけど!」
「あ、そこに帰ってくるんだ……」
氷瀬はどうしても俺と雛森をウフフな関係にしたいらしい。
俺……君のこと好きなんだけどなぁ。アウトオブ眼中? そのつぶらな瞳に俺を入れて。
でも、氷瀬も東雲のことは知ってたのか。やっぱ有名人なんだなあいつ。
「雛森と俺はなんでもないよ。ちょっと訳あって協力関係を結んでるだけだ」
「あ……そうなんだ」
だからなんで残念そうな顔するの!? この前も違うって説明したよ俺!?
「じゃあなんの用事で体育倉庫にいたの?」
「ああ……それは……」
言えない。氷瀬と俺の二人を閉じ込められるか事前確認していたとは言えない。
さすがに引かれる。これは俺でもいきなりそんなカミングアウトされたらちょっと引いちゃうくらいのレベルだから。
「まあ……色々あって……」
俺は言葉を濁すしかなかった。
「そっか。言い辛いならこれ以上は訊かないね。でも、野中君って結構面白いね。ちょっと興味が出てきたよ!」
「へ……?」
「朝にいきなり呼び止められた時も思ってたけど、やっぱりそうだった。野中君なら、もしかしたら……」
氷瀬は小悪魔的な要素を含んだ笑顔で俺を見る。あぁ~^、心がぴょんぴょんするんだぁ。
ちょっとじゃなくて超興味を持ってくれてもいいんだぜ? 口元と口調が緩くなってる。
「教室ではあまり話せないけど、図書委員の時とかはこれからも話していいかな?」
「もちろん。俺が断る理由はない。十波さえ何とかしてくれれば教室でも全然いけるんだけど?」
「それは朱莉次第かな。でも朱莉がああやってるのは私のせいでもあるから、あまり嫌いにならないであげてね?」
「……善処します」
氷瀬の言葉でもわかったとは言えなかったのは、それだけ十波に対するネガティブ感情が根深いから。
俺のことを死ぬほど嫌ってそうな奴を、女神の言葉ひとつで好きになれるほど俺の心は広くないようだ。
「よろしくね。今日もカギ、お願いしてもいい?」
「ああ。任せとけ」
「うん。じゃあまたね!」
去り際、氷瀬は振り返って手を振ってくれた。え、可愛すぎか? 尊死するかと思ったんだが?
手を振る姿で固まったまま思う。なんか……ぐっと距離が縮まっている気がする。
吊り橋効果作戦の下見。あの一件で評価がまただだ下がりしたかと思ったけど、むしろその逆で好感度が上がってる。
いや理由が全然わかんねぇけど、とにかく氷瀬に嫌われてなさそうだってことはわかった。
べつに氷瀬に誤解されてないなら、他の有象無象に変態ゴミカス野郎って呼ばれても屁でもないな。
「氷瀬って、実は結構喋るんだな」
残された図書室で、一人呟いた。
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