第14話 図書室
放課後の図書室。いつも通り返却された本を本棚に戻して、受付で静かに時間を潰す。
氷瀬は相変わらず本の世界に没頭しているようだ。
「…………」
と思ったけど違った。なんか微妙に氷瀬から視線を感じる。
視線だけ横に向けると目が合った。だけど氷瀬は顔を赤らめてすぐに目を逸らす。
なに今の仕草。可愛すぎるんだが? 結婚しよう。
しかし、十波は死ぬほど俺を嫌ってそうな雰囲気を常に醸し出していたけど、氷瀬からそんな雰囲気は一切感じない。
むしろ熱視線を感じるくらいだ。そんなに嫌われてない感じ?
「ん……んん~……」
ふと、前の方の人影が目に入った。
小柄な体躯を必死に伸ばして、高いところの本を取ろうとしている。頑張ってつま先立ちしても、全然届いていないご様子。
まるでふくらはぎの筋トレのように、何度も上下している姿を眺める。あれ結構きついよな。前に1回やってみたけど、きついからすぐにやめたわ。
そんな筋トレ少女は、俺の見覚えのある少女だった。
東雲神楽。自動販売機に万札を突っ込むイカレガール。つか高校生まで自販機使ったことないって相当だろ。
なんて凡人と貴族の違いを思い出しながら、本を取ろうと奮闘する彼女を見守る。
「……いたたまれなくなってきた」
何回やっても結果は同じ。ただふくらはぎに乳酸が溜まるだけ。これはもう取れないだろ。
一息吐いてから静かに席を立ち、俺はお嬢様のもとへと足を進めた。今行きますよ、お嬢様。
「どれを取ってほしいんだ?」
「え……?」
静かな図書室では、自分の声がよく響く。
俺の声に振り返った東雲は、怯えたような目つきで俺を見上げてきた。
「あ……自動販売機の時の……」
東雲は俺のことを覚えているようだった。
「俺のことを覚えてたか。それより、本が取れないんだろ? 取ってやろうか?」
「えっ……どうしてわかったんですか?」
「受付から見えてたんだよ」
親指で後ろを指す。
「図書委員だったんですか?」
「ああ。そして今日は当番だ。せっかくだから手伝ってやるよ。どれがいいんだ?」
本棚を見れば、そこはファンシーなタイトルの小説が並ぶコーナー。
剣と魔法のファンタジーであったり、学園ラブコメディであったり、可愛い絵柄と挿絵が魅力のエンターテインメント小説。いわゆるライトノベルコーナーだった。
ほぉ……お嬢様でもこういった俺たち向けの本に興味があるんだな。
大企業の社長令嬢たるもの、帝王学とか経済学とかその辺の堅苦しいものを読んだりするかと思っていた。けど、まあそれは俺の勝手なイメージ。漫画とかで見てきただけの知識に過ぎない。
お嬢様と言っても所詮は同年代の人間。感性は一般人と意外と変わらないのかもな。親近感がわいていいな。
「じゃあ……あれを……」
東雲は迷うように視線を揺らした後、控えめに一番上の段を指さした。
「はいよ。これ?」
「いえ、もう少し左です」
「了解。じゃあこれ?」
「はい。それです」
俺は東雲に指定された本を取り出して彼女に渡した。
「あ、ありがとうございます」
「東雲ってラノベ好きだったんだな」
東雲が欲したものは、剣と魔法の王道ファンタジー小説。ある日突然異世界に召喚された高校生が、時には挫折を経験しながら世界を救う話。アニメ化もされた有名作品だった。
「え、私の名前……」
東雲は俺が彼女の名前を知っていることが意外だったのか、目を丸くしている。
「今日覚えた。有名人らしいなお前」
クラスで絡みの少ない連中の名前は未だに覚えてないけど、東雲の名前はちゃんと覚えた。
これは自販機を使えないっていう出会い方が強烈だったせいかもしれない。俺が1回で人の名前を覚えるのは珍しいぞ。恭平とか3回くらい間違えた。
ちなみに俺が1回で名前を覚えられたのは、氷瀬と雛森と……あとは十波か。なんだかんだ印象に残れば1回で覚えられる。
「有名人……そうですね。その……私がこんな小説を好きなのはおかしいでしょうか?」
「どうした急に? なんでそうなるんだよ?」
「前にお金持ちでもこんな小説読むんだねと言われることがありまして……どう思いますか?」
「べつに好きでもいいんじゃねぇの?」
「え……」
「たしかに意外だったけど、べつにおかしくはないだろ。俺はむしろ、金持ちもやっぱり俺たちと同じ人間なんだなって、逆に親近感を覚えたくらいだ」
「あ……」
金持ちがラノベを好きでも何らおかしいことなんてない。
それがおかしいって言うなら、俺が帝王学の本読むのもおかしいってことになるだろ。いや、それはたしかにおかしいかもしれない。俺が家で帝王学の本を読んでいる姿を想像しても、家族に心配される絵しか浮かんでこなかった。例えが悪かったな。うん。
とにかく、誰が何を好きだっていうのに違いなんてない。金持ちだからとか、凡人だからとか、そうやって勝手に縛りつける方が俺としては意味がわからない。
「借りるなら受付に持って来いよ。対応するからさ」
役目を終えて受付に戻れば、氷瀬がジッと俺の方を見ていた。
あ、やべ。図書室では静かにだったよな。普通に喋ってたわ。
「悪い。うるさかったか? 図書室は静かに、だよな」
「ううん。今のはうるさいに入らないと思う。野中君は優しいんだね」
「ま、誰にでも優しくはないさ」
十波とかな。あいつには天地がひっくり返っても優しくできる自信がない。
しかし、氷瀬に褒められるのは最高に気分がいい。今なら十波でもちゃんと会話を試みるくらいには優しくできそう。これが氷瀬の魔性の力か。
今いるのが図書室じゃなかったら、窓を開けて「大好きいいいいいい」って叫んでる。未成年が愛を主張しちゃうよ? はぁ……ほんと好き。
だけど、本当に優しいのは氷瀬みたいなやつのことを言うんだって俺は知ってるから。俺と氷瀬を同列に語ることはできないんだよ。
その後、東雲は萎縮しながら俺が取ったラノベを借りて行った。俺もしかして怖がられてる? まあ下級生からしたら先輩ってのは恐怖の対象になるのかな。
「ねぇ野中君。この前の体育倉庫のことなんだけど――」
下校時刻の鐘が鳴り、図書室を出る前の最後の確認中、唐突に氷瀬が話しかけて来た。
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