第13話 東雲神楽
ある日の朝、校門前でのこと。
珍しくいつもよりちょっと早く家を出たからか、そこには普段とは違う景色が広がっていた。
「なんだあれは……」
テレビで出てきそうなやたら黒くて長い車。リムジンってやつ。太陽を反射する車体は他の車とは一線を画す光沢を放ち、窓ガラスは一面遮光されていてこちらから中は覗けない。
俺はあまりの非現実的な光景に口をだらしなく開けているが、周りの人は特に気にする様子もなく登校している。この時間帯に来る人にとっては日常的な風景らしい。慣れって怖いね。こんなん絶対非日常だろ。
メイド服を着た若めのお姉さんが車のドアを開ければ、中から同じ高校の制服に身を包んだ少女が気まずそうに出てきた。背中は丸まり、腰が引けている。
彼女はキョロキョロと辺りを気にしながら、昇降口まで歩みを進めていく。一般人とは違うことを自覚しているから、自分が周りにどう見られているか気にしているのかもしれない。
まあ、杞憂だよな。この風景を見る限り、周りは何も気にしてない。人は案外他人に興味なんてないんだよ。
「あれ、でもあの子は……」
小柄な見た目。サラッとした黒髪。
見間違いでなければ、この前自販機の前で困り果てていた少女と同じだった。
なるほど、確かに金持ちそうだ。雛森が言っていたとんでもない金持ちは彼女だったか。
そんな特殊な景色を見終えてから、俺も教室へ向かった。
「それはきっと
教室。情報通を自称するだけあって、恭平に今朝のことを話したらすぐに答えが返って来た。
「東雲神楽?」
「東雲グループって聞いたことあるだろ?」
「ああ、なんか色々スケールのでかい企業だろ?」
「そうそ、その東雲グループ」
東雲グループ。国内の頂点に君臨する大企業。食品、医薬品、サービス業、その他諸々。街中を歩けば東雲グループ傘下の企業を必ず目にすると言われているくらい数々の成功を収めている。
この教室にも、もしかしたら東雲グループの企業で働いている親がいるかもしれない。そのくらいの企業。
「あの子はその東雲グループ社長のお嬢様だそうだ」
「マジ? 超有名人じゃん」
「そんな超有名人なのに、俺たち庶民にも物腰が低くて、誰にでも丁寧に接することから人気を集めている」
「へぇ……金持ちってもっと横暴かと思ってたけど違うんだな」
でもま、自販機でのあれを見てたら恭平の言っていることも頷ける。
あの自販機のイベントで、こいつはどこか浮世から離れた人間だと思っていたけど、予想をはるかに超える有名人だったわけだ。
「そうだ恭平。お礼にその東雲神楽でお前が絶対知らない情報をひとつだけ教えてやるよ」
「なに!? そんなものがあるのか⁉︎」
恭平の目が鋭くなる。
恭平は知らないことを何よりも嫌がる。情報通を名乗る以上、常に情報を蓄えておきたいんだろう。
まあひとつだけって言ったけど、俺もひとつしか知らない。
「東雲は、自動販売機を使えない」
「……は?」
「信じられないかもしれないけど、事実だ」
「にわかに信じがたいけど、お前が言うなら信じるか。それより、お前はまたすごいことしたな」
「急になんだよ? すごいことって、何も心当たりないけど?」
「お前今、巷で変態ゴミカス野郎って呼ばれてるぞ?」
「……え?」
なんかゴミカスの前と後ろにいつの間にかトッピングついてんだけど? なにそれ?
「体育倉庫で後輩女子を押し倒したそうじゃないか。心当たり、あるだろ?」
「……あります」
あったわ心当たり。ありまくりだわ心当たり。
え待って。なんでその情報広まってんの? あの時の醜態を見られたのは、やっちーとそれに氷瀬だけのはず。
だけどやっちーにはちゃんと事情を説明して理解してもらったから、そんな噂が回るとは思えない。
じゃあ氷瀬が? いや、氷瀬の性格から言ってそれは有りえないだろう。氷瀬はそんな奴じゃない。
氷瀬の方をチラッと見れば、今日も俺の視線に気がついた十波がものすごい剣幕で睨んで来た。ああ、これは変態ゴミカス野郎の噂知ってる感じだわ。なんか圧が増してるもんな。無暗に絡まれても面倒だから今は見ないでおこ。
今日は図書委員の仕事で氷瀬と二人になれるし、今は無理に絡みに行かなくてもいいだろう。
となると誰が……あ、もう一人いたよあの場に。
なんとなく、そいつが犯人なような気がしてきた。次会ったらちゃんと確認して締め上げるか。
そんな恋のキューピッドからは、しばらく作戦を考えるから自由にしてくれと言われた。その作戦のせいでこんな噂が広がってるんだよなぁ。
「でもまあ、それは事実じゃないってことだけ言っとくよ情報通。デマに惑わされんなよ?」
まあ言いたい奴には言わせておくか。氷瀬にだけ誤解されなければそれでいい。周りの有象無象の言葉など、所詮は雑音だ。
「なんか全然気にしてなさそうだな。やっぱ、お前は面白いやつだよ親友」
「そんな噂をいちいち気にしてる暇はないんだよ俺は。いつも氷瀬のことで頭がいっぱいなんだわ」
「そうかよ。どう転ぶかはともかく、親友として応援はしてやるよ」
カラっと笑う恭平を見て思い出した。俺、こいつのラインブロックしたままだったわ。
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