第22話 特級呪物

 その日、移動教室から自分の教室へ戻る途中の廊下で、俺は一冊のノートを拾った。


 俺がとんでもないモンスターを生み出してしまったちょっと後のこと。


 学校では衣替えの季節がやってきた。日本には四季があると言いながら、春さんと秋さんの権威が弱体化してる昨今。6月初旬の空気は既に夏の訪れを感じさせるほど蒸されていた。


 拾い上げたのは、ハートのシールなどでやたら可愛らしい装飾が施されいているノート。持ち主の名前も、何用かも書いていない。


 届けてやる義理もないんだが、拾ってしまった手前、落とし物コーナーに届けるくらいはしてやるか。


 ただ、用途が書いていない以上、もしかしたら不特定多数に見られてはいけないノートかもしれない。


 その場合、落とし物コーナーに届けるのはよくないよな。悪いが内容を確認させてもらうとしよう。落とす方が悪いっていえばそれまでだが、俺も少しは相手のことを考えないとな。


 一応周りにこのノートを触った時にだけ見える死神がいないことを確認してから、俺をノートの1ページ目をめくった。


「こ、これは――」






「どうした親友。神妙な顔をするなんて珍しい」


 昼休み。いつも通り恭平と二人での昼食。


 お互いコンビニで買ってきたパンを食らう。


 東雲の弁当を一度食べてから、コンビニのパンの味が落ちた気がする。いや、パンの味は変わってない。俺が本当にうまいものの味を覚えてしまったんだ。知らなきゃよかった。でも……うまかったんだよ。


「まあ、ちょっと特級呪物を拾ってな」


「特級呪物? 呪いの手紙でも拾ったか?」


「あながち間違ってないのが嫌なところだな」


 一瞬考えてから、まあ恭平なら悪用しないだろうと思い、俺はさっき廊下で拾った特級呪物を恭平に見せた。


 こいつは情報以外に興味はないし、それでいて本当に周りへ言いふらしちゃダメなことは言わない、と自分の中で線引きができている。しっかりと自分の信念を持っているからこそ、恭平は信用できる。


「おお……これは……なかなか……」


 普段から澄ました顔を崩さない恭平でさえ、この書物に目を通した途端に顔を引きつらせた。


「なにがやばいってさ、誰のものかわかんないんだよこれ」


「落とした方は死ぬほど焦ってそうな内容だよな?」


「だろうな。情報通としては心当たりはないのか? さすがにこれは先生に預けるとか落とし物箱に入れるとかできないぞ」


「いや、さすがに数が多すぎて誰がここまで拗らせてるのか特定はできない」


「なるほどね……氷瀬もすごい奴に愛されてるもんだな」


 この特級呪物は、氷瀬への病的なまでの恋心が記載されたノート。ページに空白を残したら殺されるのかと疑うくらいびっしりと愛の言葉が書かれている。氷瀬の一部になりたいとか、同じ歯ブラシを使いたいとか、要約するとそんな内容がやたら長い文章で書かれている。


 他の奴より氷瀬を愛している自信がある俺でさえ正直ちょっとビビった。尚、ノートの持ち主はこの特級呪物上では氷瀬のことを名前で呼んでいる。とにかく、愛が病的なまでに重い。最近の俺に対する某金持ち少女に近いものを感じる。


「お前も大概だと思うけどな親友」


「俺の愛はここまで歪んでない。ちょっと氷瀬が食べている弁当の一部になりたいとか思ってるだけだ」


「いや、わりと変わんないんじゃないかそれ?」


「全然違うだろ」


「その違いが俺にはわからんな」


 その辺の違いはしっかり認識してくれないと困る。


 とは言え、情報通でもこの呪物の持ち主までは特定できないか。


 いやほんと、変なものを拾っちまったよ。本当は今すぐにでもお焚き上げして供養したいけど、病的とは言いつつも氷瀬のことを本当に愛していることはノートを見れば伝わってきた。


 できれば、同じ氷瀬を愛するもの同士で穏便に終わらせたいところ。いつでも返せるようにとりあえず預かっておくか。


「して、意中の氷瀬との仲はどうなんだ? 最近はやたら例の後輩に好かれているみたいだが」


「まあ、うん。そこは触れないでくれ……」


 自己開示作戦。その効果は東雲のあの変わりようを見れば大成功なんだろう。自己開示すれば仲良くなるのはわかったよ。でもさ、あそこまでになるとは思ってないじゃん?


 やめよ。この話は長くなる。


「氷瀬との仲はボチボチだな。嫌われてはないと思う」


「それはよかった。お前なぜか校内では女の敵みたいになってるからな」


「噂って信用ならないよな。氷瀬が惑わされない女神でよかったよ」


「まあ、俺は応援してるから頑張れよ。これからも面白いネタを提供してくれ」


 絶対後半の方のウェイトが重いやつだ。面白いネタだって提供したくてしてるわけじゃないんだよ。


 そして放課後。今日は図書委員の仕事があり、久々に番犬に守られていない氷瀬と過ごせる時間。


「うげ……」


 俺はウキウキで図書室に向かおうとしたところで、今一番会いたくない奴を出食わしてしまった。


「なによ……人の顔見ていきなり嫌そうな顔しないでくれる?」


「嫌そうなじゃなくて、嫌なんだよ」


「は? うざっ……」


 ふぅ……すごくね? 会話2往復だけで最高だったテンションが地面にめり込むほど下がったんだけど。


 十波のデバフ効果凄すぎて笑う。お前RPGならサポートキャラで重宝されると思うよ。俺は絶対入れないけど。


 うざっ……てさ、食らう方によっては大ダメージだからな。俺は十波のことはなんとも思ってないから全然効かないけど、これが氷瀬だったら一撃必殺だからな。


「お前さ、そんな態度だと友達無くすぞ?」


「余計なお世話よ。てか友達いないやつに言われたくないんだけど?」


「いないんじゃくて少ないんだよ。そこ間違えんな」


 そこは大事なところなんだよ。


「べつにどうでもいいわよそんなこと」


 十波は興味無さそうにそっぽを向く。


 くぅ……いちいちムカつくなこいつ。人をイラつかせる天才だろ。


「そうかよ……お前と話すと怒りで血管が破れそうだからもう行くぞ」


「勝手にすれば?」


 たまたま見つけて声をかけてしまったのが失敗だった。こいつとは目が合うとバトルが始まる、ポケモンバトルシステムだったのを忘れていた。虫取り少年でさえもう少し礼儀を弁えてバトルしかけてくるけどな。


 これ以上テンションを下げてもあれなので、黙って通り過ぎようとしたけど――


「ねぇあんた」


 なぜか十波が引き止めてきた。勝手にしていいんじゃなかったのかよ?


 バトルが終わったらしばらく再戦できないシステムなのお忘れ?


 無視してもいいけど、そうしたらどれだけ騒ぐかわからなかったので、仕方なしに振り向く。


「最近玲奈とどうなのよ?」


「……は?」


 まさかの氷瀬と俺に関する質問で面を食らう。


「最近玲奈とどうなのよ?」


「べつに聞こえてるから2回言わなくてもいいんだが」


「じゃあ紛らわしい反応しないでよ」


「…………」 


 あっぶねぇ。男女平等右ストレートが出そうだったわ。


 水と油。俺と十波は交わらないのがこれでもかとわかる。


 いったい俺と十波はなんでこうなってしまったのか。俺が氷瀬にアタックをしていない、道端の石ころ状態のときはもう少しまともな奴だったのにな。氷瀬に好意を見せた途端これだ。番犬が番犬たる所以ゆえんだな。


「玲奈が、最近よくあんたの話をするのよ」


「え、まじ!?」


 その話詳しく! 男は単純な生き物だった。


「……次のターゲットはあんたになったのね」


 十波はどこか目を伏せながら言った。


「ターゲット?」


「こっちの話よ。忘れて」


「じゃあ話すなよ。気になるだろ」


「……玲奈のことが好きなら、早く手を引きなさい。後悔するわよ?」


「矛盾してね? 手を引いた方が後悔するんだけど?」


「忠告はしたわよ。じゃ、私は探し物があるから」


 話は終わりだとばかりに十波は俺の横を抜けて行った。


 手を引けってどういうことだよ。今までは直接手を出さなかったけど、私の氷瀬を奪うなら殺すぞ? ってこと?


 いや、嫉妬が深すぎるんだわ。最近の東雲女史とタメ張れるぞ今のは。


 そんなことを考えながら、俺は図書室へ向かった。

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