第36話 どっちがいい?

 ショッピングモールの中はさすが休日ということで、街並み以上の人で溢れていた。


 家族連れ、カップル、友達同士など、いろんな種類の人でがやがやしていた。


 心なしか通り過ぎる男がチラチラと氷瀬を見ているような気がする。


『なんなのあの男たち……玲奈に色目使うとか死にたいのかしら?』


 どうやら気のせいじゃなかったみたい。十波が言うなら間違いないな。


 今日は言葉だけしかわからないのに、十波が今どんな顔しているのか容易に想像できる。きっと俺もよくされていた顔だ。


 そうして氷瀬とブラブラしながらたどり着いた先はファッションエリア。


「野中君、あそこにちょっと寄ってもいいかな?」


 氷瀬が控えめにあるお店を指さした。


 若者向けの煌びやかなお店ではなく、落ち着いた大人な雰囲気を醸し出すお店。


 店員さんの雰囲気も心なしか他の店より穏やかに見える。


 なんとなく、氷瀬っぽいなぁと思う俺がいた。


「服屋か。全然OK。氷瀬が行きたいところへ行こう」


 氷瀬にお願いされたら答えは二通り。はい、わかりました、そのどちらかだ。


「ありがとう。じゃあ……ちょっと寄らせてもらうね」


 氷瀬が店員さんと楽しそうに話しながら服を選んでいる。俺はその微笑ましい姿を遠巻きに眺める。


 ぶっちゃけてしまえば、俺は服にあんまり興味がない。見てくれが大事なのはわかるけど、だからと言ってこだわりがあるわけでもない。不潔に見えないような服であれば割となんでもよかったりする。


『ところで皆さんは服にこだわりはあるんですか?』


『私は特にないですね。家にあるものを適当に選んでいます。朱莉先輩は?』


『私は玲奈と同じブランドがいいってこだわりがあるわね』


 イヤホンの向こうでも女子たちによる洋服トークが開かれていた。十波……お前はブレないな。一途な想いを大切にしている点だけは認めてやろう。その愛の度合いは別としてな。


 しかし……女子物の服屋とか俺入ったことないんだよな。見渡してみても、男子の服よりも圧倒的にバリエーションが多く見える。たしかに女子の服装が被ってるのをあまり見たことないな。


 男子なんて、服に無頓着なやつはちょいちょい被ったりしてるの見るからな。知らない人だけど。俺は友達と遊びに行くことがほとんどないから被りようがない。


『伊織先輩……挙動不審に見えるからそうやって視線で物色するのやめた方がいいですよ』


『キモ……』


『そんな伊織さんも私は好きですよ!』


 いやマジでこいつらどこから見てるんだよ!? 服屋の中の姿まで見えてるの?


 キモ……とか言うなよ。わかってるよそんなこと! だけど氷瀬が店員さんと楽しそうに話してるからこっちは何していいかわからないんだよ! その辺の立ち回りをアドバイスすんのがお前らの役割だろうが!


「……見てんならここでの立ち回りを教えろよ」


 誰にも聞こえないように小声で呟く。


 どこからか見てるんだから、女子物の服屋に迷い込んだ男の立ち回りを教えてくれよ。


『堂々としていればいんですよ。それこそいつもの伊織先輩みたいに』


 雛森から今日初めてまともな回答が返って来た。


「なるほど了解した。お前にしてはまともなアドバイスだな」


『馬鹿な事言ってないで頑張ってください。氷瀬先輩と仲良くなるんでしょう。だったらこんなところでキョドってる場合じゃないですよ。いつもの先輩に戻ってください』


「…………」


 いつもの俺……そうだな。言われてみれば、たしかに今日の俺はいつもの俺じゃないような気がした。


 氷瀬とデートに行く。だけど普段通りに振舞う。頭では理解していたけど、それができてたかと言えばできてなかったんだろう。雛森の言葉がきっかけでそれに気づくことができた。恋のキューピッド、ちゃんと仕事したな。サンキュー。


 小さく頭を振ってメンタルをリセットする。


 氷瀬に抱きつかれたりなんだりでやっぱりどこか浮ついていた部分はあったと思う。


 よし。いつも通り……いつも通りだ。


「野中君、この服とこの服どっちが似合うと思う?」


 心頭滅却して、心を新たにした俺のところへ、氷瀬がふたつの服を持ってきた。


「どっちが似合う……?」


「うん。どっちが似合うと思うかな?」


「えっと……」


 氷瀬が持ってきたのは同じ服の色違い。清楚な氷瀬に似合いそうな一体物でドレスチックな衣装。


 ひとつはカーキ色を基調として、もうひとつは明るめの黒。俺としてはどちらも氷瀬に似合いそうな気がする。


「どっちも似合うんじゃないか?」


「むぅ……私はどっちって訊いたんだけど?」


 氷瀬が不満を隠さない表情で俺を見る。ああ、それでも可愛い。


 でもさぁ……本当にどっちも似合うと思ったんだよ。でも、それは求められてないのね。わかった。


「じゃあカーキ色の方かな」


「ほんと!? 実は私もこっちがいいかなって思ってたんだよね!」


「そ、そうなんだ?」


「うん! 意外と私たちの感性って似てるのかな?」


「だったら嬉しいな」


 氷瀬は俺の回答に満足したようで、弾むようにカーキ色の服を会計まで持って行った。


 試着して、見て見て野中君! を少し期待していた俺がいた。


『その服を着た玲奈が見れなくて残念だったわね』


 そんな俺の心を見透かすように、イヤホンから十波の声が聞こえた。

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