第7話 策謀の委員会決め
「じゃあ今日は委員会を決めるぞ。委員長あとは任せた」
「了解です! やっちー!」
「せめて先生はつけろよ……」
クラス担任のやっちーがそう言えば、クラスでは笑いが巻き起こる。
やっちー。27歳既婚。隙あらば奥様の自慢をしてくるリア充先生。爆ぜろ。
生徒との距離が近く、どんな相談でも親身になって聞いてくれると評判の先生。
クラス担任がやっちーだった時の盛り上がりは凄かった。さすがこの学校の中で、特に生徒から人気な先生。
「おい恭平……お前の言葉信じるぞ」
委員長が黒板に委員の名前と定員を書いていく中、俺は小声で隣の男に話しかけた。
「大丈夫だ。俺の情報に偽り無しだ」
隣の男は今日もエア眼鏡をくいっと上げる。
「高い代償を払ったんだ。もし違ってたら張り倒すからな」
「安心しろ。氷瀬は去年も同じ委員だった。中学から氷瀬を知る人の話によれば、中学でも同じ委員しかやってなかったそうだ。まず間違いない」
「あ、うん。信用できたけどちょっと怖いわ」
中学から氷瀬を知る人からの話? え? こいつどこまで深く情報探ってるの? 力を借りといてあれだけど、ちょっと引く。
ギャルゲーの親友ポジにかける情熱が桁違い過ぎる。
委員会決め。氷瀬と同じ委員になるため、戦う前から戦いは始まっている。そう、情報戦だ。
情報通を名乗るこの男の力を使えば、氷瀬がなりたい委員までは特定することができる。
あとは己の腕力が全てを決める。でも、俺が思うにたぶんそこまで人気じゃないと思うんだよな。
「でも、ほんと頼むぞ恭平」
「だから安心しろって。同じ委員で手を挙げるまでは絶対に大丈夫だ。駄賃を貰った以上、責任は果たす」
恭平はペラペラのプリペイドカードを俺に見せつけた。
ゲームに課金するための魔法の道具。俺から巻き上げた情報料。
「まじで頼むぞ……」
そうして委員決めが始まる。委員長の号令で挙手が始まっていく。まずは一周。自分の第一希望に手を挙げる。定員ピッタリかそれ未満の場合はそこで即決。溢れた場合は、全員が手を挙げた後でじゃんけん。
狙う委員は中盤にある。恭平が自信満々に言うなら大丈夫だと思うが、それでも心臓の鼓動は早くうるさい音を奏でる。
順調に進んで行く。氷瀬は一切手を挙げる気配がなかった。
やはり、今年も同じ委員を狙いに行くのか。あれは男子女子それぞれ定員は1名。うまくいけば、氷瀬と俺だけでできるようになる。
それに去年の傾向で行けば、あれは1巡目で埋まるほど人気とは思えない。定期的に仕事があるから敬遠されがち。
これは……行ける。
「じゃあ次は図書委員ね。やりたい人!」
――来た!
俺は天にも届くような勢いで手を挙げた。
まずは氷瀬だ。よし、挙げてる。
「勝った……」
不人気の委員だ。これは間違いなく勝った。
情報を制する者が戦いを制するんだよ諸君。
「いや、それはどうかな?」
勝利の余韻に浸ろうとしたところで、なぜか味方であるはずの恭平が待ったをかけた。
「もっとちゃんと周りを見ろ親友」
「周り……な、これは!?」
クラス全体を見渡せば、女子で手を挙げているのは氷瀬だけだったにも関わらず、男子の手が何個も上がっていた。1、2、3、4、俺を入れて5人だと!?
どういうことだ!? 図書委員は万年不人気委員のはず。それがどうしてこんなにいるんだ!?
「なあ親友。情報を制する者は戦いを制する。それがお前だけだと思ったか?」
恭平はそっと俺に語りかける。その手を見ればさっき俺が支払った魔法のカード。
だけど、恭平が指をスライドさせると、その魔法のカードが分身し、その数は5枚になった。5枚……ま、まさか!?
「貴様……」
「俺は言った。同じ委員で手を挙げるまでは大丈夫だと。でもな、そこから先の話は俺の知ったことではない」
「ま、まさか……」
「氷瀬玲奈。彼女が絡めば、不人気な委員でさえ人気となる。お前と同じことを訊いてきた奴、4人いたよ。いい商売だったぜ」
恭平は心の底から楽しそうに口元を歪めた。
「裏切ったのか……貴様!?」
「違うぜ親友。情報は求めるものに等しく与えられるものだ。親友とてそこに忖度はない。それに、ちゃんと情報は正しかっただろ? 俺は俺の仕事を果たした。そこから先は、お前の戦いだ」
恭平は俺たちから入手した魔法のコードを携帯で打ち込んでいる。ガチャで欲しいキャラがいるって言ってたな。
く……悪魔の取引をしたまでは完璧だと思っていたが、同じ考えの奴がいたか。
「うわ……図書委員希望が多いのは珍しいな」
委員長がビビッて一歩引き、やっちーは含みのある笑みを浮かべていた。
十波は……見ないようにしよ。今見たら絶対目が合う気がする。野生の勘がそう言ってる。
黒板に候補者の名前が書かれていく。女子は氷瀬で確定。あとは、欲にまみれた男子を俺が蹴散らしてフィニッシュだ。お前らに真実の愛ってやつを教えてやるよ。
やがて、勝負の時がやってくる。
図書委員になりたい奴らが教卓前に集まり、じゃんけんにて雌雄を決する。
よく覚えてないクラスメイトよ。悪いが俺が勝たせてもらうぜ。
「……殺気!?」
なんだ……こいつら……目が……据わってやがる。面構えが違う。これは、命を懸けているやつの目だ。
委員決めに命を懸けるだと……いや、そうか。俺もどうやら覚悟が足りなかったみたいだな。
恭平から情報をもらって、正直内心では決まったと思っていた。だが、こいつらはその先の、この戦いまで想定していたわけか。俺としたことが少し浮かれ過ぎていたようだな。
正しいのはこいつらだ。氷瀬と同じ委員になるためには、命を懸ける覚悟がいる……!
「え、なに、この空気? 委員決めだよこれ?」
ただ静かに戦いへ備える俺たちに、委員長がたじろいでいる。
ここから先、覚悟のない奴にはしんどいぜ?
「俺は……グーを出すぜ」
突然、1人が声を上げた。お前は……誰だ?
「なんだと……こいつ5人の状況で心理戦だと……?」
「何を考えているんだ?」
「なら俺はパーを出す」
それにつられて、俺以外のメンツが驚嘆の声を漏らす。
声は出さなかったが、俺の頬から冷や汗が滲む。
いや、5人の状況で心理戦とかどういうつもりだよ? 頭おかしいだろ。同じツッコミしてるやついたわ。
意味がわからな過ぎて頭の中ではハテナが旋回している。意味が……なさすぎる。
待てよ。こうして俺たちの心を揺さぶることが既に心理戦だったら、俺は今あいつの術中に嵌っているのでは!?
そういうことか。あえて意味の分からないことをして、俺たちの精神を揺さぶりに来ていたのか。つまり内容自体は何の意味もない。俺たちを揺さぶれればそれでよかったんだ。
危ない。危うく引っかかるところだったぜ。
お互いが探り探りの状況が続く。相手の呼吸の音が聞こえてくる。
「……早くやんなさいよ。後ろがつっかえてるんだから」
そんな俺たちの状況を動かしたのは、十波の至極真っ当な意見だった。
声だけでどんな顔しているのかわかる。さすがケルベロス。
膠着状態が終わり、開戦の合図。
「行くぞ! じゃんけん――」
これは、愛の強さを問われる戦いだ。
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