両手に花

 頭を小さく下げて、車に乗り込んでいく佐倉。

 どうしてここにいるのか? そう思っていた俺だが、差し当たって一つ問題が生まれた。


 運転席には運転手と綺紗羅のマネージャーさんが座っている。

 そのため、後部座席には俺と綺紗羅が座っており、佐倉が入ってきたのは俺側のドア。

 つまりは―――


「あはは……少し狭いですね」

「ごめんなさいね、初めは二人を乗せるはずだったから」


 右には綺紗羅。

 左には佐倉おもいびと

 この絵に描いたような両手の花はかなり問題があるのではなかろうか?

 彼女達のファンがこの光景を見てしまえば視線で殺されそうな気がしなくもない。

 まぁ、それはなんとかなるとして……とりあえず、両側から伝わる柔らかい感触と仄かに香る甘い匂いがとても刺激的過ぎて辛い。

 大人になっても、姉さん以外の異性とあまり接点を持たなかった根の陰キャには豪華な餌を与えられても食べ方が分からないものだ。

 とりあえず―――


「どうしたの? なんか顔が赤いけど……」

「……明日、死ぬかも」

「いきなり物騒じゃない!?」


 死因が幸福過多死というのも昨今珍しいかもしれない。


「御崎さん、本日はありがとうございました」


 内心ドキドキしまくっていると、横にいる佐倉が声をかけてくる。

 ここは下手に上がって挙動不審にならないよう注意しなくては。ようやく話せる機会が舞い降りたというのに、変な人だと思われてしまえば出だし最悪だ。


「特に予定もなかったから大丈夫だ。それに、俺も仕事をもらえるのはありがたいからな」

「ふふっ、そう言っていただけて嬉しいです。今日の日程がズレてしまえば再調整が難しかったですから、本当に感謝しています」

「言ってみたいなぁ、そんなセリフ」

「本当ね、さり気なくマウントを食らった気がするわ」

「そういう意味で言ったわけではありませんよ!?」


 心外だと、頬を少しだけ膨らませる佐倉。

 お淑やかで上品な雰囲気が印象的な女の子だが、この時の佐倉は歳相応な印象も与えてくる。

 その姿を見るだけで、心臓の鼓動が早くなっていくような気がした。


(あぁ、やっぱり……)


 好きだな、と。そう思ってしまった。

 他の人だったらこんなに胸が高鳴ることなんてなかったのに。

 ずっと横にいたい、傍で見続けていたい……などといった願望が湧き上がってくる。

 けど、今の俺と佐倉は同じクラスになったとはいえ初対面。

 下手にこんなことを口に出すわけにはいかない―――まずは同い歳の人間として、関係を深めていかなくては。


「そういえば二人は仲がよさそうに見えるが、もしかして知り合いか?」

「私と綺紗羅さんは幼馴染なんです」

「元住んでいた場所が近所だったのよ。私の方が先に引っ越しちゃったけど、中学までは一緒で、一応互いに女優として活動しているから関係が続いているの」

「へぇー」


 その話は初めて聞いたな。

 まぁ、前は綺紗羅と接点すらなかったからこの情報が開示されなかったのだろう。


「実は私、御崎さんとお話ししてみたいと思っていました」

「俺と?」

「はい、綺紗羅さんがあなたのことをとても褒め―――」

「ちょ、ちょっと!?」


 隣に座っていた綺紗羅が慌てて身を乗り出して佐倉の口を塞ぎにかかる。

 間に俺が入っていることを忘るるなかれ。胸が当たってんだよ、胸が、やわっこいのが。


(こいつ、可愛くて美人なのに無防備すぎだろ)


 しかし―――


「俺の話って、悪口か?」

「べ、別にそういうわけじゃ……」

「堂々と言ってくれれば堂々と泣いたのに」

「あなたのメンタルって意外と脆いわよね」


 元陰キャのメンタルなど豆腐といい勝負だ。


「本当はせっかく同じクラスになれたのでその時お話ししたかったのですが……」

「あんな状況になればな。バーゲンセールで集まる主婦達の光景を連想させたぞ」

「話しかけていただけるのはありがたいんですけどね」


 さっきだってきっと抜け出すのに苦労したのだろう。

 苦笑いを浮かべる佐倉の表情はとても疲れているように見えた。


「柊夜はどこに行っても人気者ね。同じ仕事をしている身としては羨ましいわ」

「あら、去年綺紗羅さんも私と同じような愚痴を吐いていた記憶がありますよ?」

「今は告白のオンパレードに変わってしまったけどね。話しかけるだけで終わる方が今は本当に羨ましい……好きでもない人からの色恋の方が面倒この上ないもの」


 辟易したように、綺紗羅は肩を竦める。


「俺からしてみればどっちも羨ましいけどな。話しかけられることはおろか、異性からモテるなんて想像もできないし」


 大人になった頃はそういう人気もあったが、同世代の人間から積極的に話しかけられることはなかった。

 いつも遠巻きに騒がれているだけで、同世代と話す時なんか仕事だけだ。

 加えて、高校の頃の俺は友人すらいなかった……ということもあって、二人のような状況になるなんて未来が脳裏に描けない。

 まぁ、もしかしたら今後高校の内に活躍できれば話も変わってくるのかもしれないが。


「「……………」」


 そんなことを思っていると、何故か二人からの無言が突き刺さった。


「な、なに……?」

「わ、私はそんなことないと思うわよ?」

「御崎さんの欠点は自覚がないか謙遜という部分ですね。ふふっ、何故か御崎さんと仲良くなれた気がします」

「ん???」


 よく分からないが、とにかく佐倉の笑った顔が可愛いな───なんてことしか考えられなかった。


 ……どんだけまだお熱なんだよ、俺は。

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