強キャラ状態、青春Reスタート〜元陰キャの天才俳優が高校生に戻って初恋の相手を振り向かせるまで〜
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ①
昔、俺———
その子は高校生の時から事務所に所属しており、子役時代から芸能界で活躍する女優であった。
容姿はもちろん誰もが目を引くほど端麗で、物腰も品位が溢れるほど柔らかく、お淑やかな雰囲気は男女問わず心が掴まれる。
学校で見かける彼女もさることながら、テレビに映る彼女もとても素晴らしかった。
まるで自分そのものがガラリと変わってしまっているような。学校での彼女の雰囲気はどこに行ったのか? 正に「ドラマの役」が生き写しとして現れてきたかのよう。
女優としての才能もあるんだと、密かに全てを追っていた俺は何度も思わされた。
言わずもがな、彼女は高嶺の花であった。
想いを寄せる男子は数知れず、俺もその中の一人。ただ違うのは、俺は相当な日陰者だったということだろう。
人見知り、会話も碌に参加できず、挙動不審な態度ばかり目立つ。
好きになった理由も、こんな俺に優しくしてくれたからだったという陰キャ精神旺盛なきっかけ故である。
これが俺の初恋だったのは間違いない。
あれから五年の月日が経っても、俺は情けないことにその感情に引っ張られている―――
「あら、お久しぶりですね
事務所の廊下を歩いていると、不意に背後から声がかかった。
その声を聞いただけで、俺の心臓が思わず跳ね上がってしまう。
振り返ると、そこには艶やかな金の長髪を靡かせる女性が小さく手を振って立っていた。
「ひ、久しぶりだな……
『フォルテシモ』という芸能事務所で活躍している若手女優だ。
どこか幼さが残るような端麗な顔立ちや卓越した演技力でドラマやCMでも引っ張りだこの売れっ子。
こうして近くに顔があるだけで油断すれば目を奪われてしまう。それぐらいの雰囲気と容姿を兼ね備えていた。
そして、この女性こそが……俺の初恋の相手でもあった。
「ふふっ、本当ですね」
「最近、佐倉は忙しいからまさか事務所で会うなんて思わなかったよ」
「そういう御崎さんこそ、今最も売れている俳優さんではありませんか。忙しくて顔が見れなかったのは御崎さんもなのでは?」
「……そう、かもな」
高校を卒業して五年。
俺は現在、佐倉と同じ事務所に所属していた。
どうして日陰者で陰キャであった俺が芸能事務所なんかにいるのか? きっかけは女優として活躍している姉の映画で突如端役として参加したのがきっかけであった。
どうやら俺には演技の才能があったらしい。
普段コミュニケーションが乏しく、暗い雰囲気を纏っていても役を与えられれば乗り移ったかのように没頭してしまうのだとか。
自分ではそこまで言われるほどの実力はないと思っていたのだが、いざ自分が出演したものを見返してみると、自惚れではなく素直に「本当だ」と溢してしまうほどであった。
それから少しずつ端役の機会をもらい、色々な経緯を挟んで姉と同じ『フォルテシモ』の事務所に所属することができた。
その時、ありがたいことに『フォルテシモ』だけではなく色んな事務所からも声がかかった。
けれども、俺がこの事務所を選んだのは―――
(佐倉がいる事務所だから……なんて、相変わらず女々しいよなぁ)
姉がいるから安心、というのもあった。
しかし、それ以上にあの時抱いた初恋が忘れられなかったんだ。
こうした立場になると多くの女性と関わる機会があり、嬉しいことに好意を寄せてもらえるようになった。
でも、佐倉以上の感情がどこにも湧かなくて。
結局、俺は佐倉に抱いた初恋を捨てきれないんだと分かってしまい、密かに恋愛を諦めてしまった。
「しかし、人生とは何が起こるか分かりませんね。あの時同じクラスであった御崎さんとまさか同じ事務所に所属して同じ業界で働いているなんて。しかも、業界では『若き天才俳優』などと言われているなどと、あの頃の私は想像すらしていませんでした」
佐倉が懐かしむように口にする。
「あの時の俺はドがつくほどの陰キャだったからな」
「今はその面影すらありませんね。昔であれば私とお話しする時でも「ひゃ、ひゃいっ!」と言っていたのに」
「……やめろ、恥ずかしい」
「ふふっ、あの時の御崎さんも可愛かったですよ」
柔和に、それでいてほんのりと頬を染めて笑う。
その笑顔にどれだけ惹かれてしまったことか。
あの時から優しく笑いかけてくれたのを、俺は昨日のように思い出してしまう。
(もう少し早ければ、な)
大人になったおかげか、それともこの業界に入って嫌でも色んな人と話す機会があったからか、昔のようにオドオドとすることはなくなった。
この容姿も、昔のようにだらしなく不清潔なものではない。今思えば、あの両親にあの姉の血を継いでいるのだからブサイクなわけなどなかった。
それに気がつくのが早ければ、高校の時の俺は周囲と同じぐらい自信を持っていたのかもしれない。
持っていて……佐倉と距離を詰められたのではないだろうか?
ダメだとしても、告白する勇気ぐらいは湧いていたのではないか?
考えるだけで、後悔が湧き上がってしまう。もう今更昔には戻れないというのに。
「あの、どうかされましたか……?」
そう言って、佐倉は心配するように左手を伸ばしてきた。
手の薬指には綺麗な指輪が嵌められていて───
(ははっ! 結婚した、なんて聞いてなかったよ)
佐倉なら誰にだってモテるだろう。
俺達は互いに結婚してもおかしくはない年齢だ。こうしてしばらく会わないうちに入籍するなんて普通のはず。
でも、その指輪を見た瞬間———心に冷や水を一気にぶっかけられたような感覚を覚えてしまった。
「その指輪……」
「あぁ、これですか? 先程の撮影で―――」
そう佐倉が口にした時だった。
唐突に天井から嫌な響きが耳に入った。
上を向くと、クリスマスに向けて取り付けていた大きな看板が傾き始めている光景が視界に映る。
マズい、と。そう思った頃には咄嗟に佐倉の体を突き放していた。
「えっ……御崎、さん……?」
───何が起こったか分からないのだろう。
佐倉は呆けたような顔を見せていた。
突然突き放されでもすれば、そう感じてしまうのも無理はない、が……すぐさま天井に吊り下げられていた看板が落下する。
同時に、俺の後頭部に鋭い痛みが走った。
(なんでここの天井は高いんだよ……)
吊り金具が壊れかけていたのか、俺は落ちてきた看板と一緒に倒れる。
「み、御崎さん……っ!?」
佐倉が咄嗟に駆け寄ってくる。
近くに落ちた看板を見ると、角の部分に血が付着していた。
(当たりどころ、最悪……)
意識が朦朧とし始めてきた。
頭にあった痛みも徐々になくなっているような感覚になっているし、何故か佐倉の声も遠くなっているような気がする。
「ど、どうして私なんかのために……!」
私なんか、じゃ決してない。
佐倉だから咄嗟に手が出てしまったのだということは、もうなんとなく分かっている。
こんなにも俺は佐倉のことが好きなんだなと、改めて実感させられた。
だからこそ、もう二度と実らない恋には後悔してしまう。
もっと早い頃から自分を変えることができていたのなら。
もっと勇気を出して佐倉と話せていたら。
もっと佐倉に釣り合うような男になっていたら。
「しっ……り、して……まだ……え……な、ことが……!」
霞む視界の中、佐倉が涙を流している姿が映る。
そんな姿を見て、俺は───
(願うことなら……)
もう一度、あの頃をやり直せますように。
思わずそう願った瞬間、俺の意識は暗転した。
♦♦♦
次に意識がハッキリした時、俺は戸惑っていた。
「な、なんで……ッ!?」
目の前にあるのは大きな立ち鏡。
見覚えしかない幼い顔立ちに少し小さくなった体、腕と足。もさっと目まで覆う前髪は、大人になった俺では考えられないもの。
背丈はざっと中学か高校に入り始めたぐらいのものだろう。
もしかして───
「昔の頃の俺になった!?」
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