プロローグ②
「おい、待て……」
いくらなんでもこれはおかしいだろうが?
目を覚ましたら病院でも事務所のどこかでもなく、鏡の前。
辺りを見渡すが、視界に映るのはその二つのどれでもなくかつて見慣れた実家の俺の部屋。
加えて、鏡に映っているのは少し若くなった自分である。
本気でどうなっている?
いつも整えている髪型は面影がまったくない。もさっとした、いかにも清潔感がない髪に覇気のない暗い姿。
前髪は長く、目元が隠れてしまっていた。これが暗い印象を与える一番の要素だろう。
俺は慌てて卓上に置いてあるカレンダーに目を向ける。
ページは2015年の3月……記憶にある時間から七年も前であった。
「おい、マジかよ……」
俺は思わず天井を仰いでしまう。
頬を引っ張ってみるが、普通に痛い。古典的な確かめ方で信憑性に欠けるが、目の前の光景が嘘ではないと物語っていた。
つまるところ───
「……タイムリープ」
それしか考えられない。
俺は七年前……ちょうどこれから高校に入学する直前に戻ってきてしまったということだ。
現実にこんなファンタジーなことがまさか起こるとは。きっと頭を抱えても各種方面からバッシングは受けないだろう。
どうして俺がタイムリープしてしまったのか?
しかも、高校に入る直前に。
何か意味でもあるのだろうか? この時間からやり直しさせる特別な理由が───
(まさか、最後に願ってしまったやつが……?)
ふと気がつく。
意識がなくなる間際、俺はあの頃に戻って早く自分を変えたいと思った。
やり直して、実らなかった恋に決着をつけたくて。
佐倉との関係を進められたらって。
もしかしなくても、これは神様がやり直す機会でも与えてくれたのだというのだろうか?
「別にそこまで善行を積んだわけじゃないんだけどなぁ」
けど、もし本当にそうであればなんとありがたいことか。
やり直せる機会は、あの歩いていた人生で最もほしかったものだ。
忘れられない初恋を引き摺らず、自ら前に向くため。
この時の俺は自信もなく、臆病で、挑戦すらできなかった陰キャなのだから。
「ありがとうございます、神様……そうと決まれば、やるとするか!」
俺は頬を叩いて気合いを入れる。
その時───唐突に勢いよく扉が開かれた。
「葵くーん、ご飯できたよー!」
ノックという言葉を知らないのか、扉から姿を現したのは悪びれる様子もない一人の女の子。
サラリとウェーブのかかった長髪に、美しくも明るくあどけなさの残る顔立ち。くりりとした瞳と高い身長にクビレと凹凸のはっきり肢体。
歩けば、必ず誰もが目を引いてしまうだろう。
その容姿端麗さは佐倉にも引けを劣らない。
それもそのはず。
この少女───
(懐かしいなぁ、この頃の姉さんは)
街を歩いていたら事務所の人間に声をかけられ、デビュー。この時はちょうど人気急上昇中だったはず。
俺が俳優になるきっかけをくれたのは、このあと……ドラマに出演するようになってからだ。
幼少期から子役として活躍していた佐倉とは違って、姉さんはモデル上がり。
といっても、大人になった頃も本業はモデルだったはずだ。
「あ、うん……今行くよ」
ふと懐かしさを覚えながら、俺は立ち上がる。
とりあえず、俺がタイムリープしたことは黙っておいた方がいいだろう。
いきなりそんなことを言っても信じられないだろうし、頭のおかしいやつなんて思われれば心外もいいところだ。
───しかし、姉さんはそんな俺を見てふと首を傾げた。
「およ? 葵くん、なんか雰囲気変わった?」
なんか鋭い。
「いや、別におかしいところなんてないでしょ? 俺は俺だし」
「……しかも「俺」って言ってるし」
しまった、この頃の俺は一人称が「僕」だった。
気づかれないようにするはずなのに、幸先で失敗してしまうとは。
でも、きっと───
「いつもはド腐れ陰キャオーラぷんぷんだったのになぁ」
きっと俺はここで一発殴ってもおかしくは思われないだろう。
「そんなことないよ、姉さん」
「そうかなぁ?」
だけど、もう「俺」と言う方が慣れてしまっているし、無理して「僕」に合わせればいつかボロが出そうだ。
今後、俺が変わったとしても違和感を持たれないように、ここは───
「強いて言うなら、ちょっと高校デビューしようかなって思って……」
「えっ!? 葵くんが高校デビュー!?」
訝しむような目を向けていた姉さんが一気に驚く。
そして、すぐさま嬉しそうな笑顔を浮かべながら俺に抱き着いてきた。
「ちょ、姉さん!?」
「うんうん、いいよいいと思う! 葵くん、本当はかっこいいのにもったいないなぁって思ってたの! ほら、今まではキモイにキモイをマリアージュしたような感じだったじゃん!?」
誰か、この失礼に失礼をマリアージュした姉を殴る武器をください。
「しかも、今の雰囲気の方がお姉ちゃんは大好き! 今から婚姻届を出してもおかしくはないぐらい!」
「その前に関係性が間違ってるけども!?」
乱雑に頭を撫でられる。
色々と言いたいことはあるけども、こういうやり取りも懐かしい。
やはり家族ということもあって、挙動不審な態度にはならなかったし、姉さんの明るさにはいつも助けられていた。
だけど───
「それでさ、姉さん」
俺は俺自身を変えるんだ。
もう後悔しないように、できる限り自分を磨いて佐倉に振り向いてもらう。
もしこの初恋が実らなかったとしても、俺はあの未練がましい初恋から乗り越えられるはずだから。
「姉さんがいつも行ってる美容院、教えてくれない?」
───ここからだ。
ここから、俺は俺が情けなかった自分にケリをつける。
悔いの残らない、初恋の女の子に対しての青春リスタートだ。
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