リスタートの第一歩
見た目というのは人間関係において最もといっていいほど重要である。
人は内面が大事……などとよく言われているが、その内面へと辿り着く前に必ず外見が立ち塞がる。
分かりやすく言えば、清潔感がある男と清潔感がない男、どちらに話しかけたいか? ということだ。
話しかけられなければ、内面など知る由もない。
いくら綺麗事を並べようが、まずは見た目からというのは人間関係では常識だ。
加えて、見た目を意識することは何も相手だけ重要というわけではない。
身なりを整えれば、それこそ自分の自信へと繋がる。
顔立ちや体格は仕方がない。どうしても生まれながらなものがあるから。
しかし、髪型や服装はどうにでもなる。
言い方が少し悪くなるかもだが、雰囲気イケメンという言葉はかなり世間には受け入れられ、異性に好かれやすくなっていた。
あるファッションデザイナーが言っていた話なのだが、「全ての服は鎧」なのだという。
オシャレな服を着れば自分もオシャレだという意識が芽生える。それが自信に繋がるのだ。
つまり、俺がするべきことはまず容姿を整えることだ。
だから俺はまず、この長く伸びきった髪をなんとかすることにした───
「きゃー! 葵くん、超かっこいいっ!」
「本当に見違えたわね! うーん、久しぶりに腕が鳴ったよ!」
姉さんがよく行く美容院に赴き、髪を整えてもらったそのあと。
美容師さんと姉さんがこちらを見て盛り上がっていた。
さ、流石にそこまで褒められると嬉しいけど恥ずかしい。
「切る前は「絶対こんな男に告白されたくないキモイ!」って思うぐらいだったのに!」
歯に衣着せぬ物言いに腹立たしい。
「しかし、本当にかっこよくなったわね……流石は優亜ちゃんの弟くん、遺伝子が怖いわ」
「あはは……いえ、そんなことは」
まじまじと見つめてくる美容師さんに苦笑いをする。
確かに、遺伝子というのは恐ろしい。
あまり自慢になりそうで言いたくはないが、鏡に映る自分はかっこいいと思う。
目元が隠れていたので前髪をバッサリ短く切り揃え、少しだけ横を刈り上げてパーマをかけてもらった。
……早くこの顔に気がついていれば。
どうせ何をやっても日陰者の俺は姉さんと違ってブサイクなんだ───そう思っていた自分を殴ってやりたい。
そうか………………………………………………………………………………………………………………………………この顔を殴ればいいのか。
「えぇっ!? なんでいきなり自分で自分を殴ったの!?」
とりあえず、気分は晴れなかった。
「ごめんなさい、葵くんってちょっとおかしい部分あるから」
「いやいや、姉さんほどでは」
「私からしたら二人共大概な気がするわ……」
なんて甚だ不本意なことを言うんだ。
こんな残念美人と一緒のカテゴリにしてもらっては困るんだが?
「って、そんなことよりもお会計をしないと」
ネットで調べた限り、姉さんがいつも行っている美容院なだけはあって料金はそれなりにいいお値段であった。
どうやらここは姉さんが事務所から紹介してもらったお店だという。
それなら腕も上手で人気もある美容院なのは当たり前、お金がお高めなのは致し方ない。
ただ、小遣いを漁って集めた所持金にとってはかなり痛い打撃である。
(まぁ、これは必要経費だし納得するしかない……)
どうせこれから服や化粧品を買っていくことになるんだ。
家にあった服なんかパーカーとスキニーしかなかったし、男性用化粧品なんてもってのほか。そのため、必ず諸々揃える必要がある。この程度で泣いていれば何もできないだろう。
そう思って財布を取り出そうとすると、何故か美容師さんが唐突に手を押さえてきた。
「あ、いいのよ、お金は」
はて、どうしてお金は要らないというのだろうか?
お金ならちゃんと持ってきたというのに。
(もしかして、諭吉一人のボディーガードでは足りないような場所だった?)
けど、ちゃんと料金は確認したし問題はないはずなんだが。
不思議に思っていると、美容師のお姉さんが頼み込むように手を合わせて視線を合わせてきた。
「その代わりと言ってはなんだけど、今日じゃなくていいから今度サロンモデルをしてくれないかしら?」
「はい?」
「あ、サロンモデルっていうのはね―――」
「いえ、それは分かっているんですけど……」
サロンモデルは、いわゆる美容室の広告塔だ。
この時でも、美容院というのはネットで集客をして収益を生む。
客が纏めサイトを開いた際に「ここならこんな髪型になれますよ!」といった形で整えたあとの人間の写真を少し加工して載せることで、客にアピールするのだ。
「最近、葵くんみたいな子供向けでも集客しないといけないなぁって考えていたのよ。そこで、葵くんなら親御さんの関心も惹けると思うの! ちなみに、皐月ちゃんにもお願いしたことがあるわ」
「す、凄いね葵くんっ! ここのお店、モデルさん達もよく使う美容室なんだよ!?」
「いやだ、別に大層なところじゃないわ~! 褒めたって次の予約で気合いを入れるだけよ!」
「やったー!」
平日とはいえ当日に予約が取れたのでそうでもないと思っていたのだが、どうやらここは俺の考えていた以上に人気の美容院らしい。
姉さんのお目目の輝き具合が、それを証明していた。
「ま、まぁ……無料にしてくれるならありがたいですし……」
「ほんと!? 嘘言ったらトイチよ!?」
これは是が非でも約束を守らなければ。
「これで新顧客獲得ね! 葵くんなら立派な広告塔になるわ!」
「あははは……」
そこまで目立つ容姿をしているだろうか?
流石にそこまで言われてしまえば逆に不安になる。
煽て方が下手な人なんだなと、素直にそう思った。
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