街を歩くと

『ねぇ、あの二人かっこよくない……?』

『ほんとだ、美男美女って感じ!』

『姉弟なのかな? ちょっと似てる感じがする』


 などなど、と。

 街を歩いていると周囲からそんなヒソヒソとした声が聞こえてきた。

 髪を切っただけだというのにこの反応……何故かむず痒い。とはいえ、今回は横に姉さんがいるから余計にでも目立ってしまっているのだろう。

 歩けば宝石、座れば薔薇。その場にいるだけで目を引いてしまう姉の存在を、改めて俺は凄いなと思ってしまった。


「ふふっ、なんかお姉ちゃん達噂されちゃってるね♪」


 横を歩く姉さんが上機嫌な笑みを浮かべる。


「そりゃ、姉さん目立つし……」

「うーん、確かにお姉ちゃん一人でも目立つ時はあるけど、今回はいつもより多いよ?」


 流石は高校生ながら現役モデル。

 常時注目の的という事実に辟易とする様子もない。


『あ、あのっ! 御崎優亜さんですよね!?』


 ふと唐突に、二人の女の子から姉さんが声をかけられる。


「うん、そだよー」

『わ、私……いつも『morning』の雑誌買ってて、優亜さんに憧れてて……も、もしよかったら写真、一緒に撮ってくれませんか!?』

『私も、お願いします!』


 流石は姉さんだ。

 高校生ながらに、もうこうして声をかけられるなんて。そろそろちゃんと変装グッズを装着した方がいいのではないだろうか?


「ふふっ、嬉しい言葉ありがと! お写真、全然おけです!」

『『あ、ありがとうございますっ!!』』


 姉さんがにっこりと笑うと、女の子達は嬉しそうな表情を見せる。

 本当に姉さんのことが好きなんだなと、思わず飛び跳ねている様子を見て思った。


「じゃあ、俺が写真撮るよ───」

『もしよかったら、あなたも一緒に写りませんか!?』

「……はい?」


 はて、どうしてこの流れで俺も写ることになるのだろうか?

 姉さんと撮りたいなら俺なんか別に写ってても意味がないというのに。


「それじゃあ、皆で一緒に撮ろー!」


 姉さんが俺の肩に手を回し、顔を近づけて女の子達が自撮りの要領で向けるカメラに入る。

 乾いた音が何回か響くと、満足気な表情をした女の子達が頭を下げてきた。


『『ありがとうございましたっ!』』

「うんうん、ばいばーい!」


 俺が状況がよく呑み込めないままでいると、いつの間にか女の子達が去ってしまっていた。


『ね、ねぇ……あの子、かっこよくなかった!?』

『思わずお願いしちゃったけど、モデルかな? ほら、優亜ちゃんと一緒にいたし!』


 ……まぁ、ヒソヒソと何かを話している様子を見る限り、嬉しそうだからいいんだけどさ。

 でもなんだか釈然としないこの感情はなんだろうか?

 そもそも、一緒に写る理由は一体……?


「ねっ、やっぱり葵くんも注目されている一つだったでしょ?」


 俺が頭を捻っていると、嬉しそうな笑みを浮かべる姉さんが顔を覗いてくる。


「いや、あれってよく分かんないけど除け者にするのが可哀想とかそういう理由でしょ?」


 いや、確かに容姿がいいのは認めるけどさ。

 姉さんと同じ遺伝子を継いでいるわけだし。

 でも、まだ全然活躍もできてないただの子供だよ? それなのに一緒に撮りたいって、流石によく分かんない。


「むぅー……葵くんは、もう少し自分がかっこいいことを自覚した方がいいと思います!」

「あ、はい」

「そしてお姉ちゃんが大好きだということも自覚した方がいいと思います!」


 そんな自覚は一生しないだろう。


「にしても、葵くん本当に変わっちゃったなぁー」

「え、何? 見た目の話?」

「ううん、前まではお姉ちゃんと一緒に歩くのも嫌だったでしょ? 目立つし、話しかけられちゃうこともあるし。さっきだって、いつもならそそくさと逃げちゃってるじゃん」


 確かに、この頃の俺は姉さんと一緒にいるのを極端に嫌がっていた。

 輝かしい姉に、暗くみすぼらしい自分。比較されるのが嫌で、目立つのが嫌で、俺は姉さんと一緒にいることをこの時は避け続けていた。

 だけど、今となってはそのようなことも慣れてしまった。

 俳優として活動していた時は嫌でも目立っていたし、そもそも見られてなんぼの職業───人の視線を気にして続けられるようなものではないからだ。


(それに、佐倉に釣り合うような男になるんだったらこれぐらいのことで弱音を吐いてちゃダメだもんな)


 姉さんと同じぐらい目立っていて、その世界で既に活躍している佐倉。

 もし百歩譲れて佐倉と付き合えたとする……これぐらいの視線など当たり前になるはずだ。

 陰キャで情けなかった頃の自分は早々に捨てなければならない。


「……流石に、今までの俺と同じままってわけにもいかないからね」

「ふーん、そっかそっか」


 姉さんはどこか感心したように頷いた。

 流石に唐突の変わりすぎただろうか? といっても、あと一ヶ月もすれば高校に入学する───佐倉と同じ学校に通うのだ。

 自分を磨くという面でも、今のうちから変わっておかないと情けない部分を見せてしまうことになる。

 姉さんには高校デビューを目指しているということで納得してもらわなければ。


「そういえば姉さん、さっきから俺達ってどこ向かってるの?」


 美容院を出てから、俺は姉さんに促されるまま街を歩いていた。

 俺達が住んでいる場所は都心から少し離れた場所。といっても新宿や渋谷まで電車で二駅ぐらいの場所なので、ほぼ都心といっても差支えはないだろう。

 だから街中もそれなりに栄えているし、人通りも多い。

 今俺達が歩いている方面はちょうど最寄りの駅がある方だ。

 電車に乗ってどこか行くのだろうか? そんな疑問がふと湧く。


「あれ、言ってなかったっけ? お姉ちゃん、これから撮影のお仕事があるの」

「言ってない」

「それで、葵くんを事務所の人に紹介しようと思って!」

「聞いてない」


 かなり重要なことのような気がしなくもないのだが、姉さんはそこのところは考えていないのだろうか?


(……いや、待てよ)


 これはもしかしてチャンスなのではないだろうか?


 ───人間関係を構築していく上で、容姿の次ぐらいにステータスというのは重要になってくる。

 このステータスは、何も自身の技術力ということだけを指しているのではない。

 お金持ちの男の方が好き、スポーツ選手の方が好き、芸能人の方が好き……といった、言わば箔のようなもの。

 内面が素晴らしく、容姿が整っていたとしても泊がなければ女性に好かれる上で決定打が生まれないことだってある。


 俳優として芸能界に入った時、よく女優さんやモデルが結婚する時はお金持ちだったり同業種だったり、有名な人だったりというのが多かった。

 もしかしなくとも、単に陰キャを卒業……見た目だけ改善して多少話せるようになっただけでは、佐倉に好かれるような男にはなれないのかもしれない。


(幸い、演技の方には自信がある。もしこの歳でもう一度同じ道を辿ることができれば……)


 佐倉も一目置いてくれるかもしれない。

 それどころか、同じ仕事を若くしてしているというところから今まで以上に接点が増えることだってある。共通の話題だってできるだろう。


「姉さんが所属している事務所って……」

「『フォルテシモ』っていう芸能プロダクションだよ! 事務所って言ってもいいけど、お姉ちゃん的にはプロダクションって言った方がかっこいいからそう言ってる!」


 別に事務所もプロダクションもほぼ同じ意味だし、重要なのは事務所名なんだから言わなくてもいいのに。

 この時の俺はあまり姉さんのことに関心を示さなかったから知らなかったけど、姉さんはこの時から『フォルテシモ』に所属していたのか。

 まぁ、コロコロ事務所を変えるっていうのも姉さん嫌いだろうし、何となく『フォルテシモ』で続けているんだろうなとは思っていたけど。


「まぁ、名前なんかなんでもいいよね! とにかく今から弟自慢をしに行くのでレッツゴーだよ!」


 考えている俺の腕を引いて、姉さんが先を歩いていく。

 とりあえず、俺はさして抵抗も何もしないまま姉さんに引かれて先を歩いた。


 何せ、これは絶好のチャンス。

 是非ともここで芸能界入り───『フォルテシモ』という事務所で、もう一度再スタートを切りたい。

 ここの事務所は将来の俺が所属していた場所でもあり、この頃の佐倉も所属しているのだから。


(といっても、そんなに甘い業界じゃないんだよなぁ)


 俺は腕を引く姉さんの横顔を見て、思わず苦笑いを浮かべた。

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