正真正銘の天才

(※鳴海視点)


 私達の撮影が一旦終わり、Vチェックが入っている間に現場は廊下へと移動しました。

 お茶とかお手洗いをしている間に、どうやら本読みもリハも終わってしまったみたいです。


(相変わらず、速ぇ人達ですね)


 カメラや小道具、人がぎっしりと詰まった廊下に行き、ひょっこりと空いた空間を覗きます。

 私達の場合はかなり時間がかかったというのに、二人はあっという間にリハとかを終わらせてしまいます。

 流石は佐倉さんです。それと───


(聞いたことのない人なんですけど、本職はやっぱり違うってことなんですかね?)


 ───御崎葵。

 佐倉さんと一緒にいるということで少し調べましたが、メディアに顔を出したのは『あじまろ』というCMだけ。

 あとは雑誌のモデルを一度したぐらいでしょうか? 認知度で言えば比べるのは失礼かもしれませんけど、私以下だと思います。

 実際問題、私は彼が主演だと聞いた時は驚きました。だって本当に知らない人だったんですもん。


(まぁ、キャストに文句を言うのはお門違いですね)


 私はジーッと、撮影風景を眺めます。


『……別に手伝わなくてもよかったんだが』

『いいじゃん! 二人で運んだ方が早いし!』


 茜が生徒会に入ることになって間もなく。

 プリントを運ぶ瑛士の下へ茜がやって来て一緒に運ぶことから撮影は始まります。


(悔しいですけど、認めてやりましょう……!)


 ずっと佐倉さんの横にいたいのは山々ですけど、あの演技を見てしまえば認めるしかありません。

 淀みなく、自然体。表情は一律して困った表情のまま、茜の姿を遮らないようカメラワークや小道具ですら気を使っているのが分かります。

 アイドルとして活動してきて、作品に出演するのは初めてです。

 きっと生田さん以外は私と同じ境遇のはず。

 言わばメインの三人は素人の集まり。

 そんな素人目からでも感じます───


 佐倉さんは言うことなしです。

 子供の頃から役者として活動してきたキャリアが物語っているよう。

 普段の気品溢れる立ち居振る舞いから一変して、今は明るい女の子として自然に振る舞えています。

 姿


 一方で、御崎さんは───


「やっぱり凄いね、二人共」


 ふと、横から声をかけられます。

 その人はさっきまで一緒にカメラに写っていた生田さんでした。


「いいんですか、ここにいて?」

「いやいや、見学するのが普通だと思うけどね。本読みとかはリハ前とか家でするものだし」


 まぁ、そう言われたらそうなんですけど。

 ただ、こっちだって本職は別にあるといいますか。


「そういう君だって、見学に来たんでしょ?」

「私は佐倉さんがいるからです!」

「……言うと思った」


 そう言って苦笑いを浮かべる生田さん。

 いや、生佐倉さんの演技が見られるんだよ? 私、昔からずっと佐倉さん推しだったんだから。


「話戻しますけど、やっぱり役者そっち側の人でも二人は凄いなーって思うんですか? まぁ、素人目でも凄いなーって思いますけど」


 生田さんから視線を戻して、私は二人の撮影を見ます。


「うん、思うよ。特に同じ世代で同じ役者だからね。見ているとちょっと心が折れる。細かな技術───特にスタニスラフスキーシステムはダントツだ」

「スタニスラ……ってなんですか?」


 こっちはあまり言いたくないですけど、素人なんです。

 だったらなんでここにいるんだって思われそうですけど。


「うーん……なんて言えばいいかな? 簡単に言ってしまえば『日常生活と同じ動きをすることで同じ場面の感情を引き出す』演技法のことかな?」


 たとえば、と。

 生田さんは一つ指を立てる。


「朝起きたら欠伸をする時があるよね? これは『眠たい』という感情があんだけど、それを眠たくない状況で引き出したい時、同じように欠伸をすることで『眠たい』っていう感情を引き出す……これこそがスタニスラフスキーシステムなんだ」

「なるほど」


 ということは欠伸だけじゃなくて涙を流す行為でも同じようなことが言えますね。

 悲しい表現をしたい時は涙を見せる。それこそ今生田さんが教えてくれたスタニスラフスキーシステムのことようです。

 今までなんとなく勝手に『悲しいシーンは泣けばいい』と思っていましたけど、元はそういう演技法だったんですね。

 ……しっかりと考えたことはなかったもしれないです。


「簡単なようで簡単じゃないんですよね、これも」

「もちろん。欠伸をしたって中々『眠たい』と表現できるものじゃない。逆に表現しようと意識してわざとらしくなってしまうぐらいだ───でも、あの二人は『行動=トリガー』が明確。細かな技術だけでも負けを認めざるを得ないな」


 声のトーンが少し落ちました。

 私とは別……本当の意味で悔しがっているのだと、顔を見ていなくても分かる声。


「まぁ、一番悔しいのはそこじゃないんだけど」


 生田さんが二人の撮影に目を向けます。


「僕の先輩がね、「役者には二通りの人間がいる」って言ってたんだ」

「二通り?」

「『目を意識して役を作る人間』と『我を意識して役を作る人間』」


 どういうことだろう、と。

 私は思わず二人の声ではなく生田さんの言葉に耳を傾けてしまいます。


「目を意識する人間っていうのは、周囲が想像しているイメージ通りのキャラクターを演じる人のことを言うんだ」


 人は必ずしも同じ物を見ても同じ印象を持つとは限りません。

 丸い球体を見て『玉』と解釈する人もいれば『ボール』と解釈する人もいます。

 それは同じように思えるけど、微妙に違う。その誤差こそが認識のズレだ。

 実写化作品にはよくある話で、「あれ、なんか思っていたのと違う」という人間はどうしても現れてしまう。

 それが視聴率の低下だったり、口コミに大きな影響を与えるんです。


「佐倉さんはそっち側の人間だね。どうしても顧客に差異は出てしまうけど、それを限りなくゼロにしようと役を作る。君だって、今の茜にはなんの違和感もないでしょ?」

「はい、正直イメージ通りの茜でした」

「そういうこと。佐倉さんは。これは恐らく僕が見てきた同世代の中で群を抜いている」


 佐倉さんが上手いのは分かります。

 じゃあ、なんで御崎さんも「上手い」と思ってしまうのか? 細かな技術は置いておくとしても───


「御崎くんはその逆……まったく意識していないってわけじゃないと思うけど、自分の解釈を貫き通す人だ」


 台本を読み、自分の感じたキャラクターを演じる。

 それは誰しも初めに足を踏み入れるべきところで、特別な話じゃないです。

 私もそうして千鶴の役を演じています。


「誰もが簡単そうに見えて簡単じゃない。御崎くんの凄いところは解釈を他者に納得させる力」

「……あぁ、なるほど」


 ようやく言っていることが理解できました。

 初め、御崎さんの演技に私は少し違和感を持っていました。想像していた瑛士と違うなー、って。

 今はそんなことはない。私は慣れだと思っていましたが、よくよく考えればワンクール視聴しても違和感が抜けなかった作品はたくさんあります。

 けど、そうじゃないってことは御崎さんの演技に大きな説得力があるってことです。


「佐倉さんの演技にも堪えるけど、やっぱり一番は御崎くんの演技だ。僕は多分、これから先もあの域には到達できないと思う」

「……卑屈ですね、まだまだこれからじゃないですか」

「そうかな? 多分、うちの劇団の人間を連れて来ても同じようなことを言うと思うよ」


 まったく、と。生田さんは綺麗な顔で苦笑いを浮かべます。


「どうして御崎くんが無名なんだか……あんな正真正銘のが」


 初めはどうして御崎さんが主演なんだと、そう思っていました。

 でも実際に演技を見たら上手いなーって、分かるわーってなりましたけど───


(多分、そんな簡単な話じゃないんですね……)


 完全に実力派な二人。

 悔しいという気持ちはあります。

 しかし、きっと横にいる生田さんほどじゃない。


『お前は……本当に変わったやつだ』

『えー、そんなことないと思うけどなぁー?』


 恐らく、それは私がようやく彼と同じ土俵に立ったからなんだと思います。



























(……まだだ)


 ここはまだ動くタイミングじゃない。

 もう少し我慢すれば、ようやく前に進める。


 そうだろ、佐倉?

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