現場入り
『一つの林檎と五人の狼』のクランクインはすでに始まっている。
今日行う撮影は三日目。といっても、各々のスケジュールに合わせて撮影しているので四日目の人間も逆に二日目のキャストもいる。
基本的に俺が演じる瑛士と佐倉演じる茜は主演ということもあって回数も多い。
こうして一緒に現場入りするのも今日で三回目だ。
「「よろしくおねがいします」」
今回の映画は王道の学園もの。
加えて、林檎という少しファンタジーチックな要素も入っているため、ロケ地は県の文化財にも設定された趣のある校舎だ。
ここは一般的に貸し出しされている場所で、映画の撮影だけでなくCMや結婚式などで使われたり、週末には教会として利用されるほど。
古めかしい趣のある雰囲気が、ファンタジーチックなこの作品にはぴったりだ。
現場に入ると、関係者が挨拶を返してくれる。
しかし、それも一瞬のこと。タイミングがよかったのか悪かったのか、すでに別の場面の撮影が始まっていた。
『っつたクよ、瑛士のやつハまだ来ネぇのカ』
小道具が入り混じる生徒会室の中で、制服を着崩し、短く髪を切り揃えた男が足を組んで椅子に座る。
生徒会会計、
確か『final』というアイドルグループのメンバーだったはずだ。
『仕方ないデスよ。生徒会長はオ忙しいンですカラ』
その言葉を軽く流すように小道具のティーセットを使って紅茶を淹れる眼鏡の男。
生徒会副会長、
芸能事務所『フューチャー』に所属するモデルである。
『あ、でも! 案外会長ハ遊んでるのかもよ? ほら、最近入った女の子に夢中なようだシ!』
制服にパーカーと、お調子者のような雰囲気を出す男。
生徒会書記、
劇団『坂月《さかづき』に所属する舞台俳優だ。
『……オレは、興味ナイ』
ヘッドホンを身に着け、言葉数が少ない男。
生徒会副会長、
榊さんと同じで『final』メンバーだ。
そして、今度は勢いよく生徒会室の扉が開かれる。
『すみマセーん! 茜来てませンカー?』
愛くるしい顔立ちを滲ませたセミロングの少女。
茜の友人、
今人気絶頂中のアイドルグループ『アイリス』の人気投票一位の女の子だ。
(こうして見ると、本当にあるあるの面子だよな)
荷物を置いて、撮影風景を眺める。
アイドルやモデルが半数のキャスト陣。
今話題性があるような人間ばかりで、本職の役者は生田さんと俺達のみ。
とはいっても、作品の原作が少女漫画であり、若者を取り込むためにはこうした世間で話題性のある人間を集めるのはスポンサー側としては当たり前の思考だろう。
ただ、そのおかげでやはり演技に違和感が残る。
不自然だったり、余計な動作だったり、抑揚だったり。
わざとらしいという一面がどうしても過ることが多い気がする。舞台俳優の生田さんはあまりそうには見えないが。
「やっぱり、本職を選ばないからどうしても見劣りするよなぁ」
「まぁ、漫画家さんの要望を叶えたから文句は言われないんじゃないっすかね? 榊くん、大好きみたいですよ?」
それは俺だけではないようで、周りからそんな声が聞こえてくる。
俺としても、周囲が問題ないのであれば問題ない。
自分は自分なりにやるべきことをやればそれで終わりだし、そもそも俺だって人のことをどうこう思えるほどの技術は持っていないのだから。
「御崎さん、次が始まるまで本読みでもしますか?」
佐倉が台本を持って顔を覗きこんでくる。
衣装は俺も佐倉もすでに着替えており、視界に入る彼女はとても新鮮な姿であった。
それが一瞬胸を高鳴らせる要因なのだが……どうにか平静を保つ。
「いや、どうせこのあとここで本読みもリハもするしな、やめておこうぜ。それに—――」
俺が視線を部屋に戻すと、すぐさま監督の声が響いた。
『はい、カット! OKだよ!』
どうせそろそろ終わるのだ。
少しこのあと休憩が入るが、すぐに今度は自分達が入ることになる。
そうこうしていると、キャスト陣が下がって各々捌け始めた。
お茶を飲み始めたり、もう一度台本を読み始めたり、座って休憩したりと。それぞれが別行動を取り始める。
まだたわいもない会話をするような仲は構築されていないのだろうか? と、そんなことを思ってしまう。
(まぁ、まだ回数少ないし皆若いしな)
佐倉みたいに社交性がある程度身についている人間ではないだろう。
それに、今は自分のことで忙しいのかもしれない。
それに、交流云々は終わったあとにでもしている可能性もあるし……変に邪推するのはやめておくか。
「あ、佐倉さんです!」
そう思っていると、一人の少女が早足でこちらへと向かってきた。
茜の友人役の女の子で、楪さんだ。
「今日はよろしくお願いしますね」
「はいっ! よろしくお願いします! えへへ……生佐倉さんだぁー」
どこか恍惚な笑みを浮かべる楪さん。
余程佐倉のことが好きなのか、アイドルらしからぬ顔のような気がしなくもない。顔は似ていないはずなのに何故か安芸を彷彿とさせる。
「三回目! 今日で三回目の佐倉さんとの共演ですよ! 私、佐倉さんと共演するのずっと夢だったんです!」
楪さんが今にでも抱き着いてしまいそうなほど顔を寄せ……おい、離れろ羨ましいぞマジで。
「ふふっ、そう言っていただけて嬉しいです。私も楪さんとの共演はとても楽しみにしていました」
「本当ですか!?」
「はい、本当です」
一方で佐倉は大人の対応といった形だ。
まぁ、本人も本当に嬉しいのは嬉しいのだと思う。
こうも好かれて嫌な人間などいないはずだから。
「もしよかったら、このあと連絡先交換しませんか!? せっかくのチャンス……いいえ、ご縁です! なのでお友達になりたいです!」
「私は構いませんよ」
「あ、ついで御崎さんも交換しましょう」
ついで。
『御崎さんー、佐倉さーん、準備お願いしまーす!』
そうこうしていると、俺達に呼びかけがかかった。
だから佐倉は楪さんから離れ、俺と一緒に中へと向かっていく。
「では楪さん、またあとで」
「はいっ!」
少し残念そうな顔を浮かべていたものの、楪さんは小さく手を振ってくれる。
それに対して佐倉が浮かべた表情は……いつもと変わらない、お淑やかな笑みであった。
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