一緒の早退
「御崎さん、お待たせしました」
顔合わせを行ってから早いもので更に一週間の月日が経ってしまった。
そして、平日真ん中。四時限目の授業が終わってすぐに、カバンを持った佐倉が俺の下にやって来る。
「お待たせしましたって……まだ授業終わってすぐだろ。送迎まで少し時間あるし」
「早く準備して損はありませんよ?」
「真面目ちゃんにはゆとりを与えてあげたいよ、別に文句はないが」
昼を超えてから、三回目の撮影が行われる。
学業が優先といっても、夕刻に撮れる場面も少ないため日中に撮影することが多い。
故に休日や放課後だけでは足りず、こうして中途半端な時間まで授業を受けてそのまま現場に向かうということが発生してしまうのだ。
もちろん、これは教師にちゃんと許可を取った上での早退である。
「あれ? お二人さんは今日も早退なの?」
そんなところに、弁当箱を片手に安芸がやって来る。
後ろには同じく昼飯であろう菓子パンを持った山崎までいた。
「今日も、って言うがまだ二回目だろ?」
「俺達にとっては二回目でも「また」なんだよ。羨ましい、早退なんて俺も帰りたいッ!」
「分かる、私もサボって合法的に帰りたい!」
まぁ、気持ちは分からなくもない。
何せ、前の俺も授業や学校生活が面倒くさくてサボりたいと何度も思ったのだから。
「ですが、受けなかった授業の分は夏休みに補習ですよ?」
「ケッ、勉強は学生の本分だぜ」
「サボりたいって人の気が知れないんだよ」
凄い、180度の綺麗な手のひら返しだ。
「あれ、でも待って……っていうことは、柊夜ちゃんとは夏休み一緒に遊べないってこと!?」
「遊べないことはないでしょうが、仕事も入っていますし日数は限られますね」
「Damn it!」
「膝をつくのは構わんが汚れるぞ?」
悔しさをこれでもかと表した崩れ落ちを見て、佐倉は苦笑いを浮かべる。
きっと、残念がられる嬉しさとここまでの表現に迷惑していることに板挟みのような感覚を覚えているのだろう。気持ちは分かる。
「ってことは、御崎も夏休みは補習があんのか?」
「まぁ、佐倉ほどじゃないが今回のやつで生まれたな」
しかし、こればかりは仕方ない。
学業が本分とはいえ、せっかく降って湧いたチャンスを棒に振りたくはないし、それに—――
(佐倉がいるのに蹴られるか)
今回はやらなきゃいけないことがある。
正直、これは夏休みに補習を受けてでも優先しなければいけないことだ。
「先の話だったから考えてなかったが、せっかくだったら二人と遊びたかったなぁ」
「俺は誘われたら工面するよ。俺だって二人と遊びたいしな」
「私も、予め仰っていただければできるだけ調整いたしますよ」
「本当!? やったー!」
安芸が起き上がり、両手を上げて喜びを露わにする。
そのまま安芸は佐倉に抱き着き始めるのだが、苦笑いが消え去らない様子を見るに今度は反応に困っているのだろう。
「そういえば、この前御崎が早退した時は佐倉さんは学校自体を休んでたよな?」
「えぇ、そうですよ」
「そして、今回は一緒に帰ろうとしてたってことは……もしかして一緒の仕gぐふっ!」
……俺は人生で初めて生で人がくの字に折れ曲がるところを見てしまった。
「い、いきなり何をする安芸……」
「そういうのは無暗に聞かないの! 秘密保持的なものがあるかもしれないんだから!」
安芸って、やっぱり意外と周りを見ているよな。
確かに仕事としてやっている以上公表されていない情報は口外しないのが当たり前。
聞かれたら答え難く困ってしまうかもしれない。そういう部分を察して注意してくれたのだろう。暴力も込みで。
「こういう時は「ま、まさか早退デート!?」って反応するのが正しいんだから!」
果たして君はどの教科書を見てその答えに至ったのか?
いやまぁ、憧れはするんだが。切実に。
「まぁ、一緒の仕事をしてるよ」
「どうせ一緒に御崎さんと帰っている時点で察せられますからね。流石にこれ以上の情報開示は難しいですが」
「ちぇー、デートじゃないのかぁ。残念だなぁー」
俺もすこぶる残念だ。
「と、とりあえず頑張れよ二人共! 俺はそっちの話とかよく分かんないが、応援はしてるぜ!」
「おう、ありがと」
「ふふっ、ありがとうございます」
山崎からの言葉を受けて俺は返事をすると、纏めたカバンを持って立ち上がる。
「んじゃ、そろそろ行くか」
「はい、御崎さん」
去り際に二人へ「また明日な」と言い残し、俺達はそのまま教室を出て行く。
その時、クラスメイトからの視線を多く受けたような気がしたのはきっと気のせいではないだろう。
何せ、二人一緒に早退するのだ。
馴染みがない者からしてみれば好奇心がそそられるのは容易に想像がつく。
「そういえば、ここ最近綺紗羅と会ってないな」
「綺紗羅さんもお仕事で忙しいんだと思いますよ。この前本読みしたものがちょうどクランクインしますので」
「そっか、ならあとで一言応援メッセージでも送るか。綺紗羅には頑張ってもらいたいし」
「頑張るのは私達もですけどね」
廊下へと出て、横を歩く佐倉が俺に笑みを向ける。
通り過ぎる生徒が立ち止まり、佐倉へと視線を注いでその場で固まってしまう。
それほど佐倉という少女が人気で、目を引く存在だということだ。
「そうだな、俺達もだったな」
色々考えることも不安もある。
でも今この瞬間だけは、彼女の横を歩けることが純粋に嬉しかった。
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