顔合わせ

 ───『一つの林檎と五人の狼』。


 主人公、神楽 かぐら あかねは高校二年の時、地元を離れて親の都合で都会に引っ越すことになった。

 新しい土地、新しい環境で友人を作ろうと転校先の百合浜学園で張り切るが、道に迷ったため誰かに聞こうと生徒会室の扉を開ける。

 その時、ふと生徒会長の机に置いてある一つの林檎を発見した。

 気になって手に取ってみると、そのタイミングで戻ってきた生徒会長である竜胆 瑛士りんどう えいじと遭遇してしまい、物語はスタートする。


 生徒会の秘密……赤い林檎の存在を知ってしまった茜は生徒会に所属してしまうことに。

 そこでは瑛士を含めた五人の男が在籍しており、茜は異色の環境から新生活を始めなくてはならなくなってしまった。

 学園の人気者しか集まらない生徒会。

 そこで過ごす生活は波乱万丈なものであったが、個性豊かなメンバーによってハプニングこそあったものの、憧れていた楽しい日常そのもの。

 茜はそんな生活の中、堅実で近寄りがたくも根は優しい瑛士に惹かれていくようになり、赤い林檎の正体に近づき始めてしまった。

 それ故に、瑛士が苦悩に晒されてしまうのだが……茜は寄り添うことでその苦悩を取り払ってみせる。

 そこから二人は互いの想いに気がつき、晴れて結ばれることになったのであった───


(っていうのが、ざっくりとした流れだが……)


 ───あれから一週間。

 ようやくキャスト陣を含めた関係者の顔合わせが行われる日になった。

 学校が終わり、そのまま足を運んだのは都内のスタジオ。そこの一室にある大会議室で、俺は一人台本を流し読みしながら待機していた。


(やっぱり、前も含めて知らない人だからけだな。幸いなのが年齢層が低いってことぐらいか)


 驚くことに、原作に沿うように今回は主演含め大勢が現役の高校生をチョイスしている。

 リアリティが増すからだろう。映画としての体裁がしっかりと取れるか不安ではあるが、思い切りのよさには舌を巻いてしまう。

 とはいえ、無名の人間を主演で……しかも結ばれる瑛士役に据えようとしているのだがら元より大胆なのは言わずもがなかもしれない。

 そこはまぁ、問題ない。大胆だろうが思い切りがよかろうが、俺は俺のすべきことを全力でやるだけだ。

 ただ───


(キスシーンがあるんだよなぁ……)


 原作が少女漫画。しかも完結まで持っていくとなればあるのは想像に難くない。

 問題なのは、キスをするのが瑛士と茜ということ。

 つまりは、佐倉と俺が行うのだ。


(ま、まぁ……一応ほっぺにされるだけだし、そこまで大袈裟に考えることじゃない、な)


 舞い上がりそうな気持ちを寸前で押し留める。

 これは仕事……向こうも本当に好意を寄せてしてくるわけではない。

 だが、この気持ちだけは多めに見てほしいものだ───何せ、仕事とはいえ好きな人にキスをしてもらえるのだから。


「ふぅ……大丈夫、大丈夫だ」


 俺が気持ちを落ち着かせていると、一人、また一人と室内に入ってくる。

 ボーッと台本を眺めている頃には時間もいいものになり、部屋に用意された椅子がどんどん埋まっていった。

 本当は挨拶とかした方がいいんだろうか、このタイミングで行くのは難しい。

 挨拶の途中で顔合わせが始まり、挨拶し損ねた人間などいれば不快に思われてしまうからだ。

 そうであれば、名前を聞いて纏めて顔合わせが終わったあとにでもした方がいい。


「こんにちは、御崎さん」


 ふと、横から声をかけられる。

 艶やかな長髪を揺らし、ゆっくりと俺の横へと腰を下ろした。


「そっちは仕事終わりか?」

「はい、そのまま直行で来ました。おかげで私服のままです」


 今日は佐倉の姿はなかった。

 多忙な佐倉が学校を休む姿はよく見かけるし、今日もその流れだったのだろう。


(変わんねぇな、佐倉も)


 あの時から学校でも今も態度に変わりはない。

 大きなものを打ち明けたというのに一切の余韻も残さないのが佐倉らしいと言えば佐倉らしかった。


(これが佐倉の被っている仮面……)


 俺が少し内心で感嘆としつつもどこか寂しさを覚えていると、佐倉が小さく笑う。


「ふふっ、まさか御崎さんが出演されるとは。聞かされた時は驚いてしまいました」

「俺もまさか本読みで付き合った作品に出られるとは思わなかったよ」

「練習していてよかったですね」

「まぁな、って言っても結局本読みできたのは一回しかなかったけど」


 佐倉も多忙で、それなりにイベントもあったからこればかりは仕方ない。

 実際に出演者同士で本読みができること自体が貴重なのだ。

 一人でも練習できたし、たまに綺紗羅にも付き合ってもらったから大丈夫だろう。


「私、実は結構楽しみにしていたんですよ? 御崎さんと共演は密かな夢でしたので」


 ……それは果たして佐倉自身の言葉なのだろうか?

 珍しいと、初めて抱いた感情がその言葉を紡ぐ要因となったのか?

 それは分からないが───


「そうだな、


 口にした瞬間、部屋に『あじまろ』の時に顔を見た監督が中央に現れて全員が部屋に揃った。

 この部屋にはマネージャーの姿はない。

 本当に関係者だけ。一本の映画を撮影するために必要な人間のみが顔を合わせる。


『それじゃ、早速始めようか!』


 久しぶりに味わうこの感覚。


(気合い、入れないとな)


 何せ、特に今回は

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