映画のオファー

 佐倉達と練習してから、翌日の放課後。

 俺は姉さんと一緒に誘ってくれたマネージャー……神辺さんと会うことになった。

 もちろん、事前に話も聞いていて親にもしっかり許可をもらったので話はスムーズに進んだ。

 姉さんと同じグループで、俳優という形で正式に契約まで結ぶとのこと。

 ただ───


「はっ!? 映画のオファー!?」


『フォルテシモ』もの中にある応接室の一つ。

 そこで俺は神辺さんに向かって思わず驚いて声を出してしまった。


「そうだ!」

「ちょ、今正式に話が纏まったばかりですよね!? なのにこれって……早くありませんか!?」


 普通、契約まで話が進んだ場合、そこから仕事を探す運びになる。

 マネージャーと話してオーディションを受けるか、直接仕事を探すか、オファーがくるか。事務所に入ってきた仕事でも、直接関係値を繋いで掴んだ仕事でもなんでも。

 そのため、基本的に契約を結んでからしばらくしないと仕事にこぎつけない。

 それが、まさか足を運んだ前日に仕事を振られるとは。

 もし契約内容が不満で俺が投げ出していたらどうしていたのだろうか?


「覚えてるかな、この前『あじまろ』で会った監督さん」

「まぁ、一応は……」


 名刺もらっているし、ついこの前の話で忘れるわけがない。


「その人、本職は映画の方でね。前に会った葵くんのことを大層気に入っちゃったみたいでさー。直接僕のところに話が来たんだ」

「なるほど……それでこのタイミングなんですね」


 嬉しい話だ。

 まさか前に繋いだ縁がこのような形で現れるとは。

 綺紗羅とも仲良くなれたし、あそこで姉さんの話を受けてよかったと素直に思う。


「す、凄いね葵くんっ! 早速お仕事だよ! 普通、こういうのなくない!? 怪物バケモノ級だよ!」


 横で聞いていた姉さんが瞳を輝かせる。

 その表情と声音で本当に喜んでくれているというのが分かった。

 こういう人が隣にいると、自分が初めに抱いた喜び以上のものが押し寄せてくるような感覚になるから不思議だ。

 ありがとう、姉さん。だから頬ずりはやめろ。


「いただいた時はまだ葵くんがうちに所属してくれるか分からなかったから保留にしてたけど、これでようやく話が進められる。といっても、もちろん少年の意見が最優先だ。学業のこともあるしね」


 こういう役者の配慮をしてくれるのは流石『フォルテシモ』といったところか。

 他の事務所で時々、スケジュールさえ空いていれば勝手にねじ込んでくるところもあるため、人や体制も『フォルテシモ』だとやりやすい。

 これが『フォルテシモ』で働きたいと思った理由の一つでもあったりする。

 そして───


「もちろん、お話を受けさせてください」

「そうかそうか! 前に会った感じ断られるとは思ってなかったけど、これで一安心だよ!」


 神辺さんが嬉しそうな笑みを浮かべて、カバンから一つの冊子を取り出した。


「報酬は別途ちゃんと話はさせてもらう。その前に、これが気になるだ」


 俺は机に置かれた台本を手に取「どれどれお姉ちゃんにも見せて!」近い近い顔をくっつけんな。

 そんでせっかくだからみたいなノリでほっぺにキスをするな。


「ゆ、優亜ちゃんの溺愛っぷりは知ってたけど……まさか、二人の関係はここまで!?」


 どこからどう見ても片道一方通行の関係だろうに。


「へぇー、ちょっと面白いタイトルだね!」

「俺は姉さんの顔が邪魔でよく見えないんだが?」

「じゃあ、姉さんが読んであげる!」

「どけって言ってんだけど!?」


 俺が姉さんの体を引き剥がすと、姉さんは「えー」と言いながら頬を膨らませる。

 身の危険を感じたはずなのにこんな仕草でも可愛いと思ってしまうのだから、我が姉の容姿の整い具合いには舌を巻かざるを得ない。


(まぁ、今は姉さんじゃなくて台本だ)


 俺はブラコンが剥がれた隙に台本に目を通す。

 その表紙には───


「『一つの林檎と五人の狼』……?」


 俺は首を傾げるのと同時に思わず驚いてしまう。

 何せ、このタイトルはなのだから。


「あれ? 葵くん知っていたのかな?」

「い、いえ……チラッと原作を」


 心臓がバクバクとうるさいが、辛うじて誤魔化すことができた。

 ここで「佐倉が見せてくれたから」などと言ってしまえば、どうして知っている? という話になりかねない。

 顔合わせも何も済んでいないのに情報が渡っているとなると、情報漏洩の問題が佐倉に行ってしまう恐れがある。

 ここは話を出さない方が無難だろう。


「珍しいね。この作品少女漫画が原作なんだけど、意外と葵くんは雑食系なのかな?」

「失礼だよ神辺さん! 葵くんはヘタレな草食系なんだから!」


 てめぇの方が失礼だ。


「姉さん、そういう意味の雑食系じゃない。なんでも読むという意味の雑食だ」

「そうだよね……手当り次第女の子を食べる雑食系じゃないよね。お姉ちゃんはヘタレな草食系って信じてるから!」

「会話のキャッチボールが成立していないどころか、俺にデットボール当たっているのが分かっておりますか愚姉様?」


 時々、姉さんがブラコンと呼べるほど俺を溺愛しているのか疑問に思う。

 素直でストレートな言葉が的確に胸を抉ってくる。


「ま、まぁ……とにかく、スケジュールとかはまた今度連絡するから、これからはこの台本を読んでいてほしい」

「読むのは構いませんが、俺はどの役になるんでしょうか?」


 所属したばかりの新人であれば端役だろうか? いや、でも名指しで指名が入ったのであれば名前のあるキャラクターかもしれない。


 どれなんだろう、と。

 俺が少しドキドキしていると、神辺さんはいたずら心を含んだような笑みを浮かべた。

 そして───



「葵くんの役は───だ!」

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