親睦会

「というわけで、柊夜ちゃんと葵くんがお誘いできたので親睦会第二弾をしまーす!」

『よっ、待ってました!』

『マジで二人共よく来れたよな!』

『私、佐倉さんの歌声聴いてみたい!』


 神辺さんと会ってからの翌日。

 帰り支度を始める俺のところに安芸がやって来て、勢いに押されるがまま連れてこられたカラオケルーム。

 広めの部屋を借り、安芸を中心にクラスメイト達何人かが盛り上がりを見せていた。

 加えて、安芸を中心とした女性陣。山崎を中心とした男性陣。それらの盛り上がりも、陰キャとは程遠い場所にいる容姿の派手さも、見事にこの空気にマッチしている。

 この圧倒的陽キャムーブ。

 押し寄せる波を乗りこなせる自信がなかった俺は隅っこで苦笑いを浮かべていた。


「ふふっ、皆さん楽しそうですね」

「……そうだな」


 同じく隅っこに座る佐倉が微笑ましそうな瞳を向ける。

 立ち位置的に、子供の面倒を見る姉だろうか? 目が「同じ空間にいるけど蚊帳の外ですよ」と言っている気がせんでもない。


「御崎さんはあまり乗り気ではないのでしょうか? お顔がどこか疲れているように見えるのですが……」

「このノリに慣れてないってだけだよ。別に嫌ってわけじゃないから気にせんでくれ」


 大人になった時も高校生の時も大人数でカラオケなんか言ったことはないからなぁ。

 というより、安芸や山崎を中心とした陽キャグループと話したことすらない。


『あれ、御崎っち盛り上がってなくない?』


 突然、盛り上がっていたうちの一人が俺の隣に座る。

 名前は……やばい、思い出せない。

 けど着崩した制服、短く上げたスカートから覗く太もも、それと隣に座るだけなのに肩まで当たっている距離感。ギャルい、すこぶるギャルい。

 どうせ距離を詰めるなら佐倉がよかった。ただギャルい。


「あ、あんまりこのノリに慣れなくてさ……」

『え、うっそー! 御崎っち、こういうところに皆とかなり行ってるイメージがあったんだけど!』


 高校デビューしたおかげで、そんな的外れな見解をさr……御崎っち?


『っていうかさ、私御崎っちと入学した時から話してみたいと思ってたんだよねぇ〜』


 そう言って、その子は何故か体を更に寄せてきた。

 こ、これが陽キャの距離感なのだろうか? 思わずドキッとしてしまう。

 しかし、こんなにも話したことのない人間との距離が近いなんて……勉強になる。

 俺がこれからの高校生活で順応できるようここで学んでおかなければ。前みたいな日陰者生活になってでもしまえばタイムリープした機会が無意味なものになってしまう。


『御崎っちってさ、すっごくかっこいいよねぇ! 流石はモデルさんっていうか!』

「モ、モデルじゃないんだけどな……」

『じゃあ、俳優さん?』

「まぁ、一応は」

『そっか、『あじまろ』のCMに出てたもんねぇ! うちのクラス凄くない!? 佐倉っちと御崎っちで芸能人が二人もいるんだよ!?』


 確かに、一つの高校に芸能人がいるだけでも珍しいのに、クラスに二人もいるなんて凄いことだろう。

 とはいえ、佐倉なら胸を張って言えることかもしれないが、俺はまだまだ仕事も満足に受けていない。

 ここで同じ枠にされても、苦笑いを浮かべてしまうだけだ。


『っていうかさ、お仕事とか大丈夫なの? 今日来てもよかった感じ?』

「せっかく安芸と山崎にさそってもらったからな。特に予定もなかったし、クラスメイトと交流したかったのも本音だから問題ないよ」

『そうなんだ! 意外と御崎っちって瑞穂っちみたいに友達百人目指してる感じなんだ、ウケる!』


 バシバシ、と。俺の太ももを叩いてくる女の子。

 ほんと、さっきからスキンシップが激しいな。


『……ねぇ、御崎っちって彼女とかいんの?』


 突然、声が小さくなり話題も変わる。

 どうしていきなりそのようなことを聞くのだろうか?


「いや、いないが……」

『あ、そうなんだ! 実はさ、私って御崎っちのこと結構だと思ってるんだよねぇ』


 ……あぁ、なるほど。そういうことか。

 こんな展開になったことがなかったから不思議に思ってしまったが、ようやくここまでの流れに合点がいく。

 きっと、この距離感もスキンシップも陽キャだから……というわけではないのだろう。

 早とちりだったら少し恥ずかしいが、ここはきっぱりと言っておいた方がいい。


「けど、好きな人は───」


 その時だった。


「御崎さん、次一緒に歌いませんか?」


 急に佐倉が割って入るように俺に端末とマイクを渡してきた。

 画面には既に曲が入ってしまっている。幸いにも知らない曲では無いから歌えないことはない。

 だが、どうしてこのタイミングで? 先程まで傍観者に徹していたというのに。


「お、おぅ……分かった」


 しかし、佐倉のお願いを断るわけにはいかない。

 デュエットに誘ってくれたことは嬉しいし、はっきり言うのはあとでもいいだろう。


「おっ、次は佐倉さんと御崎が歌うのか!?」


 盛り上がっていた山崎がマイクを手にした俺を見て更に声を上げる。

 それに続いて、周囲にいたクラスメイトは更なる盛り上がりを見せた。

 確かに、あの佐倉が歌う場面を生で見られるなど滅多にない。周囲が興奮するのも無理はないだろう。俺だって、デュエットのお誘いがなかったら脳内メモリーに刻み込んでいた。


「さぁさぁ、続いて葵くんと柊夜ちゃんのデュエットだ! 皆の衆、拝聴! 芸能人二人のデュエットなんてテレビでもお目にかかれないんだから!」

『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』』』』


 ……そこまで盛り上げられると気恥しい。

 しかし、せっかくのデュエットという機会だ。


(恥ずかしくないように歌わないと)


 まず先に男性パート。

 画面が切り替わった瞬間、俺はマイクを口に近づけた。



 ♦️♦️♦️



(※柊夜視点)


(ダメですよ)


 曲が流れ始めます。

 御崎さんが歌い始め、周囲の声が徐々に小さくなっていくのを感じました。

 その中で、御崎さんと話していたクラスメイトは私の方を見て驚いているような顔を向けていました。


 だから、その子に向かって私は小さなバツ印を口元に作ります。


(彼は私の───ですから)

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