帰り道で
クラスメイト同士で集まる遊びというのは、存外帰りが遅くなってしまうものらしい。
それは各々盛り上がって時間を忘れていたから、名残惜しいからという理由があるのだろう。
それはカラオケの店から出たあとのクラスメイト達の後ろ姿を見るとよく分かる。
『やばっ、この前よりめっちゃ楽しかった!』
『柊夜ちゃんもそうだけどさ、御崎くんも歌めっちゃ凄かったくない!?』
『もう俺、あいつにできないことないんじゃないかって思ってきたぜー』
ワイワイと、日が沈み始めた帰路を歩く背中は終わりだと分かっているにもかかわらず盛り上がりが消えていなかった。
時折持ち上げられているような声も聞こえてくるが、それは単に二回目の人生だからだ。
歌は姉さんに「もう葵くんは有名さんなんだから、そういう仕事もあるかもじゃん!」と言われ練習していただけ。ズルに対して褒められるのは少しもどかしい。
けど───
「ふふっ、今日は楽しかったですね」
「……そうだな」
楽しかったのは事実だ。
佐倉と一緒に歌えたこと、クラスメイトと騒いだこと、それらは前には味わえなかった時間。
ノリが合わないと思っていたのだが、存外そうでもないらしい。
横を歩く佐倉の姿を見て、俺も名残惜しさを感じているのだから。
「もう終わっちゃうのやだなぁー! 明日は学校だし、余計にやだー!」
佐倉の腕にしがみついて駄々をこねる安芸。
その姿に佐倉は嫌がる様子はなかった。それだけ仲がよくなったということだろうか?
「しっかし、ほんと御崎はなんでもできるよなぁ」
俺の横を歩く山崎が遠くを見ながら口にした。
「ねー、歌も上手かったもんねー」
「もう反則じゃね?」
「
なぁー、と。山崎が俺に視線を向ける。
その言葉に俺はどう返せばいいというのだろうか? 謙遜すればいいのか? 反応に困るから面と向かって持ち上げるのはやめてほしい。
「そういえば葵くん、なんか三玖ちゃんと仲良さげだったね」
「三玖ちゃん?」
「ほら、始めすぐに葵くんの横に座った子だよ!」
あぁ、あの子は三玖というのか。
あれからなんか距離を取られてずっと名前も聞けずじまいだったから、今初めて聞いた。
これからはもう少しちゃんとクラスメイトの名前と顔ぐらいは覚えるようにしなければ。
「でも、なんかすぐ離れてなかったか?」
「あ、言われてみれば確かに……なんでだろ? 三玖ちゃん、前々から葵くんと話してみたかったって言ってたのに」
うーん、と。安芸が腕を組んで頭を悩ませ始める。
すると、何故か可哀想な子を見るような目で───
「葵くんには新規のお友達さんはまだ早かったんだね……っ!」
「レディーなら慎みを覚えた方がいいぞ」
主に口の慎みを。
(そういえば、あの時……)
佐倉が急に「一緒に歌おう」って言ってきたんだったか?
歌が始まったり、そのあと色んな人に絡まれたりとあまり佐倉とも交流できなかったのだが、どうしてあの場面で彼女は割って入ってきたのだろう?
(佐倉にしては珍しい)
俺が今まで抱いた印象として、佐倉は優しくて温厚、上品で几帳面で、自分にストイックな部分がある。
そして何より───周囲の空気を読むことが上手なイメージだ。
だからこそ敵が増えず、人気者だと頷けるほど周囲からの評判がいい。
仕事をする者として、役者としては正しい限りだ。処世術だと言ってもいい。
しかし、あの場面だけは場に広がる空気から外れた言動だったような気がする。
(役者になって気づけたことだろうな、きっと……)
もし役者としての経験がなければ、あの場の違和感も少ないもの……いや、そもそも気づかなかったかもしれない。
───物語としての延長線上。
そこに違和感が生まれれば、誰かが誰かの役から外れたことを意味する。
役者であれ、監督であれ、カメラマンであれ、音響であれ、現場にいる者なら必ず気がつく。
佐倉は今までそういった違和感を生み出してこなかった。
画面に映っている時も、私生活でも、だ。
故に、珍しく思ってしまった───どうして、あそこで介入してきたのか、と。
(聞きたいけど、聞いていいものなのか?)
単に空気に違和感を与えてでも一緒に歌いたかったのかもしれない。
それなら取り越し苦労なのだが、もし違うのであれば───
(……理由ぐらい聞いておくか)
変に心配をしすぎているだけかもしれない。
でも、もし何かあるのであれば力になってあげたい。
惚れた者の我儘なのだと思う。
もちろん迷惑だと思われるのならやめるし、それ以上は踏み込まない。
だから───
「なぁ、佐倉」
俺は横を歩く佐倉に小声で尋ねる。
「いかがされましたか、御崎さん?」
「あの時……なんで空気を読まなかったんだ?」
そう言うと、佐倉は少しだけ驚いたように目を開いた。
しかし、すぐさま口元を緩めて小声で答える。
「その一言である程度、御崎さんの言いたいことが分かってしまいました。ふふっ、流石は御崎さんです」
そして───
「少し、寄り道して帰りませんか? 私と、御崎さんの二人で」
佐倉は俺の袖を引っ張り、耳元でそんなことを口にしたのであった。
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