リスタートした者の弱音
「久しぶり、葵」
それから少しして。
近くの公園に足を運んだ俺は、一人の少女と出会っていた。
艶やかな長髪を露わにし、白いパーカーを着たままブランコへ腰を下ろして小さく手を振る綺紗羅。
学校でも最近は見かけなかった。
互いに別作品のクランクインが重なったからだろう。
こうして顔を合わせると妙な懐かしさを覚えてしまう。
「こっちこそ、久しぶりだな綺紗羅」
俺は綺紗羅の横へと近づいて横のブランコに腰を下ろした。
「最近、どうだ?」
「どうもこうも忙しいわよ、ありがたいことにね。でも、いい経験をさせてもらってる……何せ、私のいる現場は私が一番新参だもの」
「……そっか」
頑張れているなら何よりだ。
向上心もあって、前向きな綺紗羅なら心配はいらないと思っていたが、本人の口から聞くと少し安堵する。
「それで、急に呼び出してどうした? 今までこんなことなかったのに」
綺紗羅の顔を見て尋ねると、彼女は少し天を仰いだ。
空には星も何も浮かんでいない。ただただ街灯によってサポートされたほんのちょっとだけ明るい夜空があるだけ。
それでも、彼女はどこか遠い目をして見上げた。
そして—――
「今日、柊夜が来たわ」
「ッ!?」
「それで、色々話を聞いた……ううん、聞かされた、かしら?」
佐倉の名前を聞いた瞬間、思わず心臓が跳ね上がってしまった。
「あの子のあんな顔、初めて見た……いいえ、よく思い出してみれば昔はあんな感じの顔をする子だったわ。だから懐かしいって、少し思ったの」
なんの話をしているのか? そんなの、今更どうこう尋ねるつもりはない。
何を指して、何を言っているのか。彼女の名前が出てきた時点で、確信に近い予想が脳裏を過る。
「ふふっ、本当に意外だわ。柊夜もあなたも、普段からずっと大人っぽいんだもの―――こんなことになってるんだって驚いちゃった」
綺紗羅の整った顔から生まれた笑みが向けられる。
それを受けて、俺は咄嗟に顔を背けてしまった。
「……別に、俺は大人びちゃいないよ」
「そうかしら?」
「そうだよ」
俺も綺紗羅に習って天を見上げる。
「結局、俺は大切な一人のことしか考えられないんだから」
そういう風に見えるのは、俺が一度大人になったからだ。
周囲からは大人びていると思われるかもしれないが、それは偶像で、ズル。
蓋を開けてみれば未だに変わらない元陰キャの情けなくも惨めな性格と、たった一人の女の子しか映っていない。
そして、そんな一人の女の子にすら―――まともなことをしてやれない。
「なんでもできるわけじゃない。伸ばそうとしている手だってまともじゃない。赤穂浪士でも聖人君子でもない、権力も財も持っているわけでもない、取り繕って大人に見えるだけの……弱い男なんだ」
結局、皆よりズルしているだけの……根がビビりで人見知りな男。
それでも、この気持ちだけは揺らぐことなんかなかった。
何せ、俺に初めて手を伸ばして笑顔を向けてくれたのは───佐倉なんだから。
「俺は、さ……佐倉には幸せになってほしいって思ってるんだよ」
久しぶりに会ったからか、それとも綺紗羅という女の子に気を許しているからか。
口から勝手に言葉が零れてしまう。
「誰もが持ってる
こんな言葉が零れてしまうのは、俺の心が弱っているからだ。
次々と止まらない言葉を吐いてようやく、先程の疑問が崩れ去る。
これのどこが大人びているというのか? 情けなくて、ダサい男じゃないか。
きっと、聞いている綺紗羅だって幻滅するはず。
でも……止まらねぇよ。
「あんな方法しか思いつかなかったんだよ。あいつが『演技』を意識している時に感情を呼び起こすしか方法が。それで、手っ取り早く効果的だったのが……あれだったんだ」
「それなら、別に突き放さなくても―――」
「一時の感情で終わったらどうする? ごめん、嘘だって。そう言ったあとにその感情が消えて他の誰かと関わっても思い出せなくなったらどうする? 自覚しても「懐かしいな」で終わったら次はどうなる? 何回も行動して佐倉が見つけられる保証なんてどこにもないだろ、今までがそうだったんだからさ。突き放してしばらく自覚してもらわなきゃ、
好きで言ったわけじゃない。
突き放して、あんな顔をさせて、慰めてあげられなかった
でも、その考えしか俺は辿り着けなかったから、あの言葉になったんだ。
周りが聞いたら「は?」となるかもしれない。
なるかもしれないけど―――俺にはあれしかなかったんだ。
「それ以前に、あんな言葉を佐倉に言った時点で慰める資格なんてねぇよ。ツケを払って、筋を通して、俺は大人しくあいつの人生から消える。望みだったら事務所も学校も辞めてやる。それから―――」
誰かが幸せにしてくれれば俺は満足だ。
初めは彼女に並び立つ男になりたくて始めたリスタートだったが、それよりも佐倉の幸せの方が大事なんだ。
視聴者になって、
(なぁ、そうだろ?)
そうだと言ってくれよ、綺紗羅。
間違いじゃないって、正解ではないかもしれないけど不正解ではないって。
きっと、言葉一つ投げかけられれば少しは報われるだろうから。
「……なるほどね」
綺紗羅は肘をついて、先を見る。
「私の中でようやく辻褄が合ったわ。何がどうなってこんなことになっているのか、正直ここに来るまで疑問だったけど……ようやく、理解した」
理解したのなら。
次に出てくる言葉はなんだ?
「結局、私も勘違いしてたってわけね。親しいと思っていても何も見えてなくて、大人びているあなた達は、別に特別なんかじゃなくて。それどころか大人びて見えている分、余計にも拗れてる」
俺は縋るような瞳で綺紗羅の顔を見る。
すると、綺紗羅は俺の意図を汲んでくれたのか、真っ直ぐにこちらを向いた。
「はっきり言わせてもらうけど」
そして—――
「あなたって、本当に馬鹿ね」
肯定でも慰めでもなく、そんな言葉が放たれた。
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