心配
「最近、何かあったんですか?」
そろそろ撮影も大詰め。
クランクアップが迫ってくる中、休憩を挟んでいると楪さんが唐突にそんなことを言い始めた。
「何かあったって……どういうこと?」
今日は土曜日。
世間的には休日で学校も休み。そのため、朝から撮影を始めて昼食を挟んでいるのだが、最近話すようになった生田さんが楪さんの言葉を受けて俺の横で首を傾げてしまった。
まだ他二人とは距離が縮まっていない。
向こうの予定が立て込んでいるというももあるだろう。最近はこの二人と過ごすことが多かった。
この撮影……もとい、佐倉と会うためだけにスケジュールを全て空けた楪さんとは大違いだ。
そして今は───別の仕事が入っているため佐倉の姿もない。
「別に、何ももない」
「そんなことないですっ!」
楪さんが勢いよく箸を置いて立ち上がる。
「いつもと違うんですよ! なんか、こう……怒ってる? いや、悲しんでるというか……もちろん、撮影の時は完璧なんですけどね? 流石は佐倉さんっ! って感じで。でも、なんだか距離が空いちゃった感じで……特に御崎さんとなんですけど」
……よく見ているな、この子。
確かに、ここ最近の佐倉は少し様子が変だ。
もちろん、仕事に支障をきたしていることはない。
ただ、普段の姿が少しばかり変で───時折陰りを見せるようになった。
それに気がついていない人間がいるというのは生田さんの反応を見れば分かった。
学校でもよく一緒にいることが多くなった安芸も山崎も気がついていないし、皆いつも通り佐倉に接している。
気がついたのは楪ぐらいだ。本当に、彼女のことが好きなのだろう。
「気のせいだって」
原因は分かっている。
分かっているからこそ、俺がどうこう言う問題じゃない。
「……言っておきますけど、あなたもですからね」
適当にあしらおうとしていると、楪さんがジト目を向けてくる。
「あなたの様子も変だって言ってるんです」
「は? 俺が?」
「気がついていないんですか?」
はぁ、と。楪さんはため息を吐いて腰を下ろした。
そして、どこか苛ついているような様子で支給された弁当を再び食べ始める。
「そりゃ、私はあなたのことも……佐倉さんのことも知らないですよ。だって、この前初めて顔を合わせたんですから」
「…………」
「でも、一緒にいるからにはちゃんと見てます。勉強するところも多いですし」
ゆっくりと、諭すような言葉が耳に届く。
「こう見えても私、人のことをよく見てるって褒められる女の子なんですよ? アイドルをやっているからにはファンのことを見なくちゃいけませんし、何を望んでいるのか、何をしてほしいのか……そういうのを観察して、応えなきゃいけないですから、自然とそういう風になっちゃっただけなんですけど。まぁ、そのおかげでグループの人気枠を勝ち取れました」
だから分かるんです、と。
楪さんは不満そうな表情を浮かべる。
しかし、すぐに───
「……相談ぐらい、してくれればいいのに」
頬を染め、照れ臭そうにそんなことを言い始めたのであった。
ファンの人気を一身に集める楪さんだからか、その表情だけでも目を惹き付けられる。
「まぁ、僕は気がつかなかったし、本当かどうかは分からないけどさ」
そして、一方で生田さんは俺に向かって優しそうな笑みを浮かべた。
「僕だって何か力になるよ」
「…………」
「同い歳だし、せっかくこうして共演できたんだからさ」
……二人は優しい人なんだと思う。
若くしてこうして社会に飛び出し、色々な苦労があったのにもかかわらず、温かさを持ち合わせている人。
ついこの間知り合ったばかりだというのに、他人のことを心配できる。
前の俺は、二人みたいな心なんて持っていなかった。
(……いや、違うな)
俺は重くのしかかる心の感触を味わいながら、二人に向かって笑顔を見せた。
いつも、それこそ初めて出会った時と同じような笑顔を。
「ありがとう」
───俺は、大人を味わった今ですら何も持ち合わせちゃいない。
♦️♦️♦️
(まさか、楪さんに心配されるとはな)
その日の夜。
街灯が照らす薄暗い夜道をゆっくりと俺は歩いていた。
車で送っていくとマネージャーの神辺さんに言われたものの、丁重に断らせてもらった。
……少し一人になりたい気分だったから。
(そんなにおかしかったか、俺……?)
思い出すのは、昼に言われた楪さんの言葉。
顔に出すようなヘマなんてしていないはず。気を使われないように、心配されないよういつも通りで過ごしていたと思っていた。
実際問題、一緒に過ごしている姉さんにすら気づかれなかった。
それほど楪さんという人間が鋭い人間なのか、それとも俺がまだまだ未熟だからか。
「参ったな……」
こうして一人になっていると、黒く重たい何かが胸に襲いかかる。
誰かと話している時は気が紛れた。仕事している時は役を全うすればよかった。
現実を逃避している時が、一番楽だった。
でも今は……ただただ辛い。
あの時に見た、佐倉の顔が気を抜けばいつも脳裏を横切る。
泣き出しそうな、苦しんでいる、取り繕うことすらなくなった女の子の顔。
あれが、頭から離れない。
───自分が、そんな顔をさせたというのに。
(……折れるな)
折れたところで事態は好転しない。
この選択は、絶対に終わりなどないのだ。
俺が解決することじゃない、仲が戻ることでスタート地点に戻らせるわけにはいかない。
このまま進んでいって、佐倉が自分を見つけて、幸せそうな姿を離れたところで見られたらいい。
───あの時、安心させるような言葉を放ったらどうなったか?
せっかく佐倉が抱いた『怒』と『哀』が薄れてしまったはずだ。
一時の感情なんかではない、明確な自分の感情として認識させて維持させなければすぐに彼女はその感情を忘れてしまう。
そう思ったからこそ、鬼になったんじゃないか。
今更この心を癒そうとなんか考えるな。佐倉が苦しまずにいられるなら、それでいいじゃないか。
───この初恋が、実らなくたって。
(二度目の人生は、こういうルートでいいんだ……)
やり直して結ばれて、誰もが幸せなハッピーエンドになりたかった。
それこそ小説や漫画のように、ご都合主義の結末に向かってほしかった。
だが、現実とは甘くない───矮小で情けない俺は、この選択しか思いつかなかったのだ。
自分で選んだ道のツケぐらい、男としてきっちり払うと決めた。
慰める
(俺じゃ、ないんだ……)
だから帰ろう。
寝て、覚めて、寝て、覚めて、寝て、覚めて、ずっと繰り返して。
そうすればいつか誰かが佐倉に喜びと楽しさを教えてあげて、幸せになっている。俺だって、違う道が生まれるかもしれない。
そう、だから───
「……ん?」
そう思った時、ポケットに入っていたスマホが震える。
誰だ? と。気になって画面を開くと、そこには『会津綺紗羅』と表示があった。
俺はすぐに耳にスマホを当てる。
「もしもし?」
『あ、もしもし?』
スマホ越しから、久しぶりに聞く女の子の声が聞こえてくる。
沈んでいた心があったからか、彼女の声を聞くとどこか安心してしまう。
それは初めて仲良くなった女の子だからだろうか? それとも───
『ねぇ、葵。突然なんだけど……』
そして、電話越しの彼女はこう口にした。
『今から会えない? 久しぶりに、私とお話しましょ』
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