体育で

 朝一の授業は体育であった。

 加えて、いきなり練習もなくバスケの試合。先生の話曰く、入学して間もないだろうから試合をして親睦を深めてほしいとのこと。

 確かに、皆と何かをすると友情も芽生えそうな気がする。

 ……とはいえ、前はずっと隅っこで体育座りしていたからなぁ。ハブられる人間はどんなに気遣われようがハブられるものだ。


『御崎を止めろ!』

『くそっ、また決められた!』

『もう交代させろよ!? 座ってるやつとさ!』


 どうやら、今回は隅っこに座っている人間でも積極的に輪に加えようとクラスの男子達がしている。

 これは前と違う雰囲気だ。俺もあの時同じようなことを誘われれば参加できていただろうか?

 とりあえず、味方からパスをもらって何人か抜き、もう一度レイアップを決めた。


「いやぁ〜、すげぇなお前!」


 自陣に戻ろうとしていると、ふと声をかけられる。

 清々しいほど短く髪を切り揃えたがたいのいい男。笑みを浮かべ、いかにもスポーツやってますよという雰囲気を醸し出していた。


(確か、山崎雄二やまざきゆうじ……だったか?)


 サッカー部に所属し、男子達の中心人物になっていたクラスメイト。

 明るく陽気で、クラスの盛り上げ役のような立ち位置にいたのを覚えている。もちろん、こういうタイプは苦手で話すことはおろか関わろうとも前は思わなかったのだが。というより、話しかけられたことがない。


「い、いきなりどうした……?」

「え? 同じチームだろ? 活躍した人間を褒めないでどうするんだよ?」


 んー……言われてみれば確かに。


「っていうより、本当に凄いなお前? ほとんど御崎の得点じゃねぇか。バスケ部だったっけ?」


 前に運動不足解消のためにある程度一通り姉さんに誘われてやっていたから……なんていうのは言えない。

 時折、姉さんが大学のバスケサークルの人間を連れてきていたり、面倒見のいい先輩が懇切丁寧に教えてくれていたからある程度動けるようにはなっている。

 今もちゃんと自分を変えるために運動しているし、前と違って動けるようになったのは確かだ。


「いや、別にそんなことはないが……」

「かぁ〜! イケメンで運動神経がいいって羨ましいねぇ! これで勉強もできるって言ったら俺は神を呪うぞ!?」


 そりゃ、もう一度高校生活を送っていればある程度は勉強ができると思う。現に授業内容は意外と覚えていたし。

 しかし、ここで何か言えば何かを言われそうなので黙っていた方がいいだろう。


『おい、山崎! 早く御崎を下がらせてくれよ! これじゃあ試合になんねぇ!』


 山崎と話していると、敵チームからそんな声が聞こえてきた。

 そこまで試合を荒らしたつもりはなかったのだが……どうやらダメみたいだ。


「あ、あー……ごめんな。俺らとしてはありがたいんだけどよ」

「いいよ、別に。適当に眺めとく」

「すまん、またあとで話そうぜ!」


 俺はゼッケンを脱ぎ、手を振ってくれた山崎に小さく手を振り返した。

 試合ができないのは少し残念だ。

 でも、前と違って男と話せた……それに、また話そうとも言ってくれた。これは嬉しいことだ。今はそれだけで充分だろう。


 俺は体育館の隅っこへと移動し、再開した試合をぼんやりと眺め始める。

 その時、横から仕切られたネットを超えて一人の女の子がやって来た。


「素晴らしい活躍でしたね、御崎さん」

「あぁ、佐倉か」


 ───一週間が経って、変わったことと言えば佐倉と前よりも話せるようになったことだ。

 恐らく、撮影の時のおかげだろう。

 何回も話せたことによって会話にも慣れ、いちいち胸の鼓動が早くなってしどろもどろになることはなくなった。

 しかし、話せるだけで嬉しいのは事実。

 この調子でもっと仲を深められたらいいなと、最近ではよく思うようになった。


「そっちはいいのか? 女子のバレーも試合やってるだろ?」

「私も休憩です。先程自分の番は終わりましたから」


 しまった、試合なんかしなくて佐倉の活躍を見ればよかった。


「そういえば、佐倉の姿が結局ホームルームまで見えなかったが……遅刻したのか?」

「えぇ、単純に寝坊してしまいました。昨日、遅くまで台本を読み込んでいましたせいだと思います。本当にお恥ずかしい限りですよ」


 俺が尋ねると、佐倉は俺の横へと腰を下ろした。

 ……前まで佐倉と二人並んで話すなんてこともなかったのに。

 湧き上がる嬉しさを我慢してちゃんと平静を装えるだろうか?


「佐倉は相変わらず忙しそうだな。何本抱えているわけ?」

「そうですね……今のところは三本でしょうか? これから新規で何本かありますが、マネージャーさんが学業と両立できるように調整してくださいましたので、無理な範囲ではありません」

「流石は売れっ子さんは違うな」


 俺も早く並び立ちたいが、果たして追いつけるだろうか?

 いや……明日、姉さん紹介でマネージャーさんと会うから、焦らずにいこう。空回りしても損だしな。


「ふふっ、御崎さんもすぐに私と同じようになりますよ」

「根拠は?」

「根拠はありませんが、勘と願望ですかね」

「なんじゃそりゃ」


 小さな冗談に、佐倉も俺も思わず笑ってしまう。

 今の俺達は、傍から見たらどのように映っているのだろうか? 

 仲のいい友人? それとも、恋人?

 せめて、友人とまではいかなくとも仲のよさげな光景……そう映ってくれたら嬉しい。

 高校は三年間もある。少しずつ成果に結びついていけば───


『あ、危ない!』


 ふと、そんな言葉が耳に入る。

 気になって視線を上げると、勢いよく飛んでくるバレーボールが視界に入った。


『しっ……り、して……まだ……え……な、ことが……!』


 ───脳裏に、最後の記憶が蘇る。

 もしも、あの時看板が佐倉の頭に当たっていたら?

 ……彼女は、俺のように取り返しのつかない怪我をしていたのではないだろうか?

 思い出してしまうと、咄嗟に体が動いてしまった。


「きゃっ!」


 佐倉の体を力強く抱き寄せ、飛んでくるバレーボールを体で受ける。

 抱えるように寄せてしまったからか、胸の中には小さな体と温かさが広がっていた。

 仄かに香る甘い匂いが鼻腔を擽った時───ようやく、気がつく。


(し、しまった……ッ!)


 別にバレーボールだけなら叩き落とせばいいだけだ、

 だというのに、俺は佐倉の体を抱き締めるような形を取ってしまった。


「す、すまんっ!」


 俺は慌てて佐倉の体を離した。

 あの時のことなんて思い出さなければ……佐倉の身が危ないと抱き寄せることもなかっただろうに。

 佐倉が傷つくのが怖くて、傷ついてほしくなくて。

 でも、今こんなことをやってしまえば変に思われてしまうのは当たり前だ。


「い、いえ……私を庇ってくれたことですし」


 佐倉が少し顔を逸らす。

 その動作が佐倉に不快な思いをさせてしまった……そう思わせるには充分であった。


「ご、ごめんっ! 大丈夫、御崎くん!?」


 後悔に苛まれていると、体操服姿の安芸が慌ててやってきた。

 落ち込みたい……が、ここでそんな態度を取ってしまえば佐倉へ気を遣わせてしまうかもしれない。

 とにかく、俺は平静を装った。


「俺は大丈夫……バレーボールだったしな」

「な、ならよかったんだよ。でも、ありがとうね」

「ん? どうしてお礼?」


 佐倉に不快な思いをさせたのは俺の方だし。


「いや、葵くんが柊夜ちゃんを庇ってくれなかったら、柊夜ちゃん顔に当たっちゃってたかもしれないじゃん! 腕とか体ならともかく、鼻とかに当たっちゃうと折れちゃってたかもしれないもん」


 確かに、言われてみればその通りだ。

 バレーボールとはいえ、勢いがあれば突き指だってするし、鼻血だって出る。


「えへへっ、葵くんかっこよかったよ! 瑞穂ちゃんはちょっとキュンとしちゃいました! お礼に頭を撫でてあげましょう!」

「お、おいこら! ここで頭撫でんな恥ずかしいだろうがッッッ!!!」


 ……本当に、安芸はどこか姉さんに似ている。

 でも、そう言ってくれたことが少し心を軽くさせてくれた。



 ♦️♦️♦️



(び、びっくりしました……)


 思わず顔を逸らしてしまいましたが、素っ気ないと思われてしまっていないでしょうか?

 庇ってくれた恩人のはずなのに……どうしてか顔が見られません。


 確かに、仕事以外で男の人に抱き締められたのは初めてです。

 ですが───


(鼓動が、早いです……)


 心なしか、顔も熱くなっているような気がします。

 どうして、こんなことになっているのでしょう?


 こんな気持ちは……です。

 だからこそ、嬉しく思ってしまいます。









 私という人間が、増えていってくれているようで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る