テストと呪い
「葵くん、小テスト何点だった~?」
体育が終わったそのあと。
この前行われた小テストの結果が返され、真っ先にプリントを持った安芸がやって来る。
そして—――
「神を本当に呪うべきなのか確かめに来たぜ!」
騒がしい山崎もやって来た。
確かにまたあとで話そうと言われたものの、第一声が神への冒涜とは恐れ入る。
これが陽キャのやり方らしい。
「どうして神に呪うの?」
「いやほら、顔よし、運動神経よし、テレビにも出て姉はモデル……これで頭もよかったら神様は贅沢なフルコースを御崎にしたってことだろ? これは男として呪わずにはいられないじゃんか!」
「つまりは嫉妬、と。さいてーだ、見苦しいぞ男子!」
明け透けもなく言えばその通りなんだろうなとは思うが。
「むっ! その流れで言ったら柊夜ちゃんのテストも確認しなきゃだね!」
「それまたどうして?」
「顔よし、スタイルよし、運動神経よし、今売れっ子の女優さん……これで頭もよかったら私は神を呪わずにはいられない!」
「自分が投げたブーメランが盛大に胸に突き刺さっているが、大丈夫か?」
俺の言葉など無視して、安芸は颯爽とクラスの真ん中にいる人だかりに突っ込んでいく。
そして次に姿を現した時は、佐倉の姿もセットであった。
腕を引かれているところを見るに、無理矢理佐倉をあの中から掻っ攫ってきたのだろう。ナイス、陽キャ。
「連れて来たよ~!」
「あ、あの……いきなりどうされたんですか?」
唐突に連れて来さされた佐倉が戸惑った様子を見せる。
そりゃ、何も言われずにここに呼ばれたのであれば疑問に思うのも当然だ。
「私達は神に嫉妬するべきなのか!」
「はたまた、そうではないのか!?」
「「その結果を刮目するのだ!!」」
二人共、仲がよろしいですね。
これが陽キャのノリだというのだろうか? 果たして、俺もあのようなノリについていけるか……不安だ。
「お二人は何を仰っているのでしょうか……?」
おずおずと現状の理解ができていない佐倉が尋ねる。
体育の件を気にしていないのか、いつも通りに話しかけてくれた。
それが胸に安堵を与えてくる。
「どうやら二人は俺達の点数が気になるとのことだ」
「そういえば小テストが返却されましたからね」
「それで、俺達は神から与えられた寵児かどうかを確かめたいらしい」
「すみません、理解が」
だろうな。
「っていうわけで、まずは柊夜ちゃんから! 小テストの結果は!? あ、ちなみに私は三十五点でした」
ちなみに、今回の小テストは百点満点である。
もう一度言うが、百点満点である。
更にもう一度言うが、百点満点である。
「えーっと……確か私は九十二点でしたね」
「神を呪う時は藁人形の方がいいのかな?」
「落ち着け、恐らくそれは人にしか効果がない」
佐倉の点数を聞いて、安芸が俺に向かって首を傾げる。
しかし、その時の瞳はあまり笑っているようには見えなかった。これほど冗談と本気の区別がつかない瞳も珍しい。
「すげぇな、佐倉さん。あれだろ? 俺達にはよく分からないけどよ、仕事とかあんだろ? それなのに九十点代って……」
「学生の本分は勉強ですから。お仕事を言い訳にはしたくありませんでした」
「優等生ッ、ここに絶滅危惧種の優等生がいるぞッッッ!!!」
流石は佐倉だ。
優しくて、社交性もあって、運動もできて、ひたむきで、美人で、自分の立場を弁えた誠実さもある。
是非とも神を呪おうとした二人にもう一度聞かせてやってほしい。
「まぁ、佐倉さんが頭がいいのは別にいいよな。男としては「流石佐倉さんっ!」って感じで好感度が上がるだけだし」
「べ、別にテストの結果だけで好感度が上がっても少し困るのですが……」
「それよりも、俺は御崎の点数が気になる!」
ダンッ! と。俺の机を勢いよく叩いて顔を近づける山崎。
この歳で圧の凄い尋問を受けるとは露にも思わなかった。
「俺のを聞くのはいいが……山崎は何点だったんだよ?」
「俺は二十五点だ!」
この前入試があったばかりだと思うのだが気のせいなのだろうか?
「あ、私も気になります」
「佐倉まで……」
「ふふっ、いいではありませんか。ちょっとした好奇心です」
連れて来られた佐倉が横で上品に笑う。
恥ずかしい点数を取ったわけではないのだが、こうして佐倉に興味を寄せられるとどことなく恥ずかしい。
しかし、山崎に聞いておいて自分だけ点数を言わないのもおかしな話。
俺は返された小テストのプリントをファイルから取り出して机の上に置いた。
「あら、私よりも点数が上ですね」
「葵くんは九十八点……」
「よっし! 安芸、今から藁人形で神を呪いに行くぞ!」
「じゃあ、まずは藁を確保するところからだね!」
だから人に対してするもんじゃねぇのか、それは。
俺が呪われそうだから切実にやめてほしい。
「しかし、御崎さんは本当に凄いですね」
安芸と山崎が「藁ってどこで手に入れるんだ?」、「裏山かな?」、「釘バットいるか?」、「セメントでいいんじゃない?」などと呪いから死体隠蔽に変わる物騒な呟きを他所に、佐倉がそんなことを口にする。
―――別に大したことではない。
何せ、俺は高校生活二回目だ。ある程度朧気ながらも覚えていたし、一度勉強すればある程度頭に入ってくる。
実力で九十点を取った佐倉に比べれば俺などズルをしているだけで、決して褒められるようなものではないのだ。
「そんなことはないよ」
「そうでしょうか? 知り合ってまだ日は浅いですが、御崎さんは「欠点のない人」という印象がついてしまっているのですが」
「俺なんか欠点だらけだぞ?」
根はまだ陰キャだし、初恋を諦められない女々しい人間だし。
佐倉がそう見えるのも、俺が二回目の人生を送っているからだ。
「そういえば、確かに初めてお会いした時は挙動不審な態度があった気が……人見知り、という感じでしょうか? とても綺紗羅さんが褒めるような演技の上手い方とは思えませんでしたね」
「そ、そうだな……」
納得してくれてよかったんだが……なんだろう、心が抉られる。
「ですが、それ以上の魅力を私は知っておりますので」
そう言って、佐倉は俺に向かって小さな笑みを浮かべた。
「お優しいところも、尊敬する部分も、少し嫉妬してしまう才能も……私は好ましく思っておりますよ」
「ッ!?」
その笑みと言葉に、思わず心臓が跳ねてしまう。
最近はちゃんと話せるようになったというのに、こういうふとした表情や言葉には未だ慣れない。
初恋を諦めきれない俺も俺だが、佐倉も佐倉だ。
「……ズルいな、お前」
「ふふっ、その言葉は褒め言葉と受け取っておきます」
もちろん褒めている。
だからこそ、自分に向けられたことに嬉しく思ってしまうのだ。
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