お誘い

 山崎と安芸が何やら藁を集め始めたその日の放課後。

 結局、藁など学校で集められるわけもなく泣きながら断念したらしいわけだが、特に気にすることもなく俺は帰り自宅を始めていた。


(って、なんだかんだ一週間は経ったが……)


 あまり佐倉と関係を深められていない気がする。

 まぁ、一回目の高校生活に比べれば格段に話はできてはいる。

 しかし、俺の目的はあくまで佐倉に好かれるような男になり……最終的に佐倉へと告白して結ばれることだ。

 自分磨きで頑張るのは家でもできるとして、それ以外の面でも告白が成功できるよう関係値を深めておきたい。


 それに───


(佐倉がどんな男が好みなのか知りたいしな)


 となると、佐倉と放課後遊びに誘った方がいいかもしれない。

 買い物に行ったりどこかのレジャー施設などに行けば、学校以上での関係値も見込める。というより、付き合うことを目的とするのであれは学校外で会えるような関係値は必須だ。

 何せ、付き合うような人間は休日や放課後に遊びへ行っているのが大半だから。

 放課後の時間が作れないようであれば、佐倉との関係値もそこまで。まだ校内の関係値が稼ぎきれなかったのだといういい指標になる。


(そうと決まれば、誘ってみるか)


 俺はカバンを持って立ち上がる。

 佐倉はまだ席でカバンに教科書を詰め込んでいた。

 帰っていないのなら好都合だ。誘うのであれば今日はこのタイミングしかない。


 そう思い、俺は佐倉の下へと───


「葵、今いるかしら?」


 ───行こうとしたが、突如教室の扉が開いて綺紗羅が姿を現した。

 それだけで周囲が「会津先輩!?」、「相変わらず綺麗だ……」などとざわめき始める。

 相変わらず、綺紗羅の評判は学内で有名のようだ。

 何回も廊下を歩いていると綺紗羅の話を耳にする機会があった。

 あれだけ容姿が整っていて、皆からは違う世界にいるのであればその気も理解できる。

 ……そういえば、前の時はあまり聞かなかったような? 俺があまり気にしていなかったからだろうか?


 そんな俺の疑問と周囲の反応を無視して、現れた綺紗羅は俺の方へと歩いて来た。


「どうした?」

「もし時間があるなら、ちょっと稽古に付き合ってほしいなって」

「あー……なるほど」


 さて、どうするべきか。

 特段予定が入っているわけでもないし綺紗羅のお誘いを受けてもいいのだが、タイミングがタイミングだ。

 佐倉を誘おうとしていた手前、どうしたものかという葛藤が生まれてしまう。


(いや、でもよく考えたら今日じゃなくてもいいしな)


 誘うのは明日……は無理だから明後日でも来週でもいい。

 焦らないと決めているのだから、ここで綺紗羅のお願いを断るのもおかしな話だ。

 それに、俺も稽古ができるのであれは稽古したいしな。


「御崎さんに何か用があるのですか、綺紗羅さん?」


 俺が了承しようとしていると、ふと佐倉がカバンを持ってやって来る。


「葵と稽古でもしようかと思ったのよ。ちょうど今度仕事が入ったし、付き合ってもらおうって」

「なるほど、そういうことでしたか」


 佐倉が顎に手を当てて首を縦に振る。

 その姿が異様に可愛らしく、写真に収めたいなと少し思ってしまった。


「でしたら、私もご一緒させてもらってもよろしいでしょうか?」


 ふむ……それなら余計にも参加せざるを得ない。

 一石二鳥どころか一石三鳥のお誘いになってしまったのだから。


「私はいいけど、仕事とか大丈夫なの? この前詰まってるって言ってなかったかしら?」

「今日はお休みして台本を読み込もうとしておりましたので。レッスンもありませんし、一人で練習するよりかは皆さんと一緒の方が身になりそうです」

「そういうことなら私は構わないわよ。ただ、葵が───」

「俺が断るなんてあり得ないッッッ!!!」

「……らしいわ。なんでこんなに今日はやる気なのかは知らないけど」


 そんな、やる気が出るのは当たり前じゃないか。

 佐倉との時間が作れるわけだし、あと───


(佐倉の演技を久しぶりに近くで見られるからな)


 実際にテレビで観るよりかは生で見た方が勉強になる。

 佐倉はこの歳で有名になるほど演技が上手い。

 自身の技術向上の面でも、普段よりやる気が出るのは当たり前だ。


「まぁ、そういうことなら決まりね。あとはどこでやるかなんだけど……」

「この前みたいにネカフェはやめようぜ。周囲の視線があって集中できない、恥ずかしい」

「うちの事務所も今日この時間は部屋が空いていないのよね」

「私の方も個人で外部の人間を呼んで稽古をするのは事前に手続きがいるので難しいです」


 となると、どこでするべきか。

 俺の家だったら基本親はいないし、姉さんは大学だから最悪稽古場所として候補に挙げるのもありだ。

 とはいえ、女の子を男一人の家に誘ってもいいものだろうか?

 女性との付き合いがないため、そこら辺のラインがいまいち分からない。

 何も言い出さない綺紗羅の反応を見る限り、この前使ったスタジオも空いていなさそうなため悩ましいものだ。


 そう考えていると───


「でしたら、私の家でやりますか?」

「……は?」


 唐突に佐倉がそんなことを言い始めた。


「あら、いいわね」

「いいわね!?」


 男がここにいるんだけど、それはしっかり頭に入っていらっしゃるのだろうか?


「なんでそんな反応になるのよ」

「いや、だって俺は男だぞ!?」

「私は別に気にしませんよ?」


 ……そういうものだろうか?

 俺が取り乱しているだけで、今の若者は異性を招くのに抵抗がないのか?

 まぁ、もしかしたらそうなのかもしれない。俺が過剰に意識しているだけで、あり得ないと思っている可能性もある。

 だったら、俺もあまり意識しないようにしなければいけない。


 ……こういうところで友人がいなかった弊害が出るなんてな。


「確かに、他の異性であれば抵抗はありますが、御崎さんであれば問題ございません」

「私も別に葵だったら構わないわよ。なんだったら、今度私の家に遊びに来る?」

「お、おう……」


 いや、そうでもないらしい。

 だが、逆にどうしてここまで信頼されているのだろうか? 嬉しいのは嬉しいんだが、理由が分からないから首を傾げるしかない。


「あ、でも安心しなさい」

「安心?」

「あなただったらないとは思うけど……何かあったらちゃんとから」


 どの部位であっても人体に影響を及ぼしそうな潰す発言に微塵も安心感は覚えられなかった。


「早く柊夜の家に行きましょう。時間もったいないし」

「ふふっ、そうですね」


 そう言って、二人はカバンと俺の腕を取って教室の外へと出ていってしまった。


 どうしてそんなに信頼されているのか?

 よく分からなかったが、とりあえず二人に腕を引かれるまま俺も教室をあとにするのであった。



 ♦️♦️♦️



「クラスの皆でカラオケするから、御崎と佐倉さんも一緒に誘おうと思ってたけど……」

「ねぇー、あの話聞いちゃったらお邪魔しちゃダメな空気だねー」

「流石に練習の邪魔はできねぇし、また今度誘うか。二人とは遊んでみたいしよ」

「賛成っ!」

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