放課後レッスン
佐倉達に腕を引かれてから十数分後。
美少女二人に連れられて歩くという構図によって注目を浴びながら道を歩いていると、ついに目的地へと到着した。
十数階はあるようなマンション。オートロックを抜け、エレベーターに乗り込み、向かったのは最上階。
そして、その一室の鍵を佐倉がカバンから取り出すと、彼女はドアを引いて中へ入るよう促した。
「では、どうぞ」
「お邪魔するわ」
「お、お邪魔しまーす」
堂々と入っていく綺紗羅に反して、俺はおずおずと中に入っていく。
何せ、初めて異性の家に入ったのだ。それも、俺の好きな人の。
これが緊張せずにいられるだろうか? 今まで付き合った経験はおろか大人になるまでこれといった友人すらいなかったのに胸を張れるわけなどない。
先程から心臓がバクバクうるさい音を鳴らしている。
「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、御崎さん。大したものなどありませんので」
俺がどこか緊張していると、後ろから佐倉が笑いかけてくる。
(あーもぅ、ちくしょう。やっぱり可愛いなぁ、佐倉は……)
冷静に考えて俺がたとえ今を生きる陽キャだったとしても、あの売れっ子女優『佐倉柊夜』の家に招かれただけで普通に緊張するはずだ。
そう考えると、ふと心持ちが楽になった気がする。
「あなたって本当に異性の家に来たことがないのね」
リビングへ行き、先に床へカバンを置いた綺紗羅がそんなことを言ってくる。
「そういうお前はどうなんだよ? 異性の家に行ったこととかあるわけ?」
「ないわ」
ないんかい。
(しかし……)
ここが佐倉の過ごしている家、か。
広々としたリビングには中を見渡せるカウンターキッチンがあり、大型のテレビとソファーにテーブルが置いてある。
内装はシンプルかつオシャレなモノクロ。目を引いたのは、壁に置かれた棚の中にDVDがずっしり敷き詰められていたことだ。
恐らく勉強用、もしくは自分が出演した作品のものだろう。
佐倉という女の子……ではなく、役者の家という印象がまず第一に湧いてしまった。
「あ、あまりジロジロ見られると恥ずかしいのですが……まぁ、私の部屋ではありませんけど」
「す、すまんっ!」
俺は佐倉に指摘され慌てて床に視線を落とす。
「それにしても、久しぶりに来たわ。少し懐かしいわね……ちょっと内装変わったかしら?」
「そうですね、中学始めの頃まではよく私も綺紗羅さんも互いの家に行っていましたね」
「柊夜が忙しくなっちゃってあまり来られなかったし、少し懐かしいわ」
などなど、二人は思い出深いように会話を広げる。
それが異性の空間と合わさり、妙な疎外感と居心地の悪さを感じてしまう。
……佐倉の家に行くって結構憧れがあったはずなのに、抱いた気持ちは嬉しさよりも気まずさが勝るな。
「それじゃあ、あまり長居するのもなんだし早く始めちゃいましょうか」
綺紗羅がブレザーを脱ぎ、カバンから台本らしき紙を取り出す。
「では、まず誰のから合わせますか?」
「ここは場所を提供してくれた柊夜からでいいんじゃないかしら? 葵は何かある?」
「俺は付き合うだけだし、そっちが納得するんだったらどっちでもいいよ」
「じゃあ、決まりね。先に柊夜から始めちゃいましょう」
「そういうことでしたら、ありがとうございます」
そう言って、柊夜はカバンを置いてリビングから出て行ってしまった。
しかし、ものの数十秒で再びリビングへと姿を現す。
手には三冊の台本が握られていたことから、台本を取りに行ったのだと分かった。
そして、佐倉は俺と綺紗羅にそれぞれ一冊ずつ渡してくる。
「これって、今出ているドラマのやつじゃないわよね?」
「今度新しく主演を務めさせてもらうことになった映画の台本になります」
台本の表紙には『一つの林檎と五人の狼』というタイトルが書かれてあった。
このタイトルには見覚えがある。とはいえ、それはあくまで前の記憶。
今は公表されていないはずのもの―――確か今から一年半後に公開される映画のはずだ。
「主演って……売れっ子様は違うわね」
「そういう綺紗羅さんこそ、今度実写化が決まった少女漫画原作のドラマに出演が決まったじゃないですか」
「私の方はサブヒロイン役よ。まぁ、ありがたいことに1クールまでちゃんと出番があるけど」
二人共凄いな。
こうしてちゃんと女優として活躍している。
もちろん、俺より長い歴役者として活動し続けていたからこそ生まれていたものだろうが、それが決して楽な道ではなかったというのは分かる。
努力して、折れそうになって、それでもしがみついてきたからここまで来たのだろう。
(だったら、二人の役に立てるように俺も……)
頑張っている人間は応援したいと思ってしまう。
好きな人の家に招かれただけで緊張して、練習に支障をきたして邪魔をした……なんてことになってしまえば二人に申し訳ない。
佐倉と綺紗羅の力になれるよう、俺も真剣に―――
♦♦♦
(※柊夜視点)
ふと、声が聞えなくなったなと思って彼の方を見ました。
すると―――
「ふふっ、始まったわね」
綺紗羅さんが、御崎さんの姿を見て笑みを溢します。
「あの、御崎さんは……」
「凄い集中でしょ? 葵って、台本を読む時っていつもあんな感じなのよ」
御崎さんは足を組んで、頬杖を突きながらも台本に目を通していました。
視線も、体も動かず、彼の周りにだけ静寂が広がっている。声をかけることすら憚られるような雰囲気と気迫に、見ているこちらですら息を飲んでしまうほどです。
「葵と何回か練習しているけど、あの子って妥協をしないのよね。演技のことになると本気で向き合ってくれるし、真剣に付き合ってくれる。まぁ、それにしてもあの集中力は毎度驚くけど」
「なるほど……」
台本を読み込むことは役者であれば誰だってします。
しかし、それは今の御崎さんほどのものでしょうか? 私を含め、あれほどの集中を出すなんて……少し、想像がつきません。
それほど彼は真剣で、自分のことではないのに私達の練習に対して本気で―――
「……嬉しい、ですね」
「でしょ? だから、私は葵と練習するのが好きなの」
その言葉を口にした時の綺紗羅さんの表情は、まるで自分のことを褒めるかのような自慢げなものでした。
(まぁ、綺紗羅さんが自慢するのも分かる気がしますね)
彼の姿を見ていると、不思議と胸がほんわか温かくなってきます。
(恐らく、これはやる気が湧いてきたからでしょうね)
御崎さんのおかげで、この高校生活が充実しているようで、とても楽しいです。
しかし、どこか目が離せないような気がするのは気のせいでしょうか?
(……いえ、今は集中しましょう)
今の御崎さんは私達のために真剣になってくれているのですから。
(しかし、綺紗羅さんや自分のためとはいえ……)
どうして、私のためにそこまで真剣になってくれているのでしょう?
こんな私のために。
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