葵くんの演技を見て
(※綺紗羅視点)
初めはただの傍観者だと思った。
今日一緒にやらせてもらうモデルの御崎さんとどこか似ているし、きっと弟さんなんだなとも。
うちの事務所にかっこいい人は多いけど、なんか別格。物凄くかっこよかった。
この場が仕事じゃなければ、傍からチラチラと眺めていたかもしれない。
けど、話しかけられた時に印象は変わってしまった。
あぁ、なんて失礼な人なんだろうって。
───確かに、私はコネで両親の事務所に入らせてもらった。
所属オーディションも受けていないし、受けていたら間違いなく落とされていたんだろうなって言うぐらい演技の才能もない。
それでも馬鹿にされないために今まで稽古を怠ってきたことはないの。
両親から「モデルとして活躍した方が」なんて言われ続けてきたけど、女優に……役者になりたくてずっと努力してきた。
そんな時に、上から偉そうに指導してきたのよ?
あなたなんか、ただお姉さんが出るCMを興味本位で見に来ただけなのに。どうせメソッド演技法もニュースか雑誌か何かでチラッと見て覚えていただけなんだろって。
そう思っていたわ───
『美味しそうだね、お姉ちゃんっ!』
でも、私はセットの上で見せる演技に思わず呆けてしまった。
カメラは窓。そこからちょっと夕飯時の仲睦まじい一家の時間を覗くのが私……そう思わされてしまった。
だってあまりにも自然で、カレーも何も並べられていないのに、さも目の前にあるかのような顔をするんだもの。
それに、姉の言葉に同調するのなら顔を姉に向けるのが自然なはず。
でも、弟───葵くんはこっちに後頭部は見せなかった。
カメラが移動するのは、皆が食事を始めて最後に商品名を言う時だけ。
つまり、その時まで窓の位置は変わらない。
変わらないからこそ当たり前のようにに背中は見せず、体を横に開くことで姉の顔を見ながら笑みを写してみせた。
(……私の時はそんな感じじゃなかったのに)
丸っきり背中を向けたり、カメラに視線がいってしまったり。
それどころか、葵くんの言う通り演技という言葉に縛られて自然体が消えてしまっていた。
今の一コマだけでよく分かる───
(私より演技が上手じゃない……)
役者でもないだろう。けど、あの葵くんは稽古を続けていた私よりも格段に違う。
いや、きっと他にいる役者の人よりも上手いのかもしれないわ。
だって───
(今の一瞬だけで……飲まれる)
私の背中に思わず悪寒が走ってしまった。
「す、すっごいよ葵くん! 今の凄かった!」
私が感服していると、御崎さんが呆けていた周囲の中からまず先に我へと返る。
そして、勢いよく葵くんに抱き着いた。
「やめません!? ここ、公衆の面前とプライバシーの侵害を平気で行うカメラさんがあるんだが!?」
「うーん、葵くん演技が上手かったねぇ! 葵くんって演技の才能がある? そうだったらお母さん達も喜びそうだよ!」
「だから離れろこのブラコンッッッ!!!」
さっきの演技はどこに行ったのやら。
葵くんは抱き着く御崎さんを必死に引き剥がそうとしていた。
……っていうか、御崎さんって弟くんに対してはあんな感じなのね。初顔合わせだったけど、イメージと少し違うわ。
「いやー、これは掘り出し物を見つけたかもしれないね……」
「か、監督……? 今更あの子を起用するなんて言わないですよね!?」
「一人食卓に加わるぐらい平気だろう? なんなら、今から俺が直接スポンサーに話してくるよ」
スタジオで見ていた監督達の話し声が聞こえてくる。
今日見学で葵くんがいることは耳にぐらいには入っているでしょう。多分、これからあの子があの中に入るに違いないわ。
それだけじゃない、周囲からもあれやこれや「彼は誰だ?」という会話が耳に届いてくる。
芸能界はある意味スポーツみたいなもの。優秀な人材が見つかれば手中に収めたいと考えるわ。
だからきっと、葵くんのことを探ろうとマネージャーさん達がこれから動くでしょうね。
そして私が聞き耳を立てていると、葵くんが御崎さんに抱き着かれた状態で近寄ってきた。
「えーっと……今のでちゃんとできてるか不安だけど、あんな感じで意識すれば大丈夫だと思います」
先程の演技が不安?
どこからどう見ても文句なしだったじゃない。
「すみません、偉そうに語っちゃって……でも、頑張ってる人は応援したいから」
「ッ!?」
「今ので力になれたかは分かりませんが、俺は応援してます。頑張ってください」
そう言って、葵くんは私から背中を向けた。
恩着せがましいことなど、何一つ言わずに。
(昔から、男の子って擦り寄ってくる人ばかりだと思ってたのに……)
親が事務所を持っている社長だから。
私が事務所に入って芸能界に足を踏み入れたから。
他の人より少し顔が整っているから。
男の子は皆見た目と背景しか見ていなくて、それ目的で近寄ってくる人ばかりだった。
私がどれだけ努力していたのかなんて、どれだけ本気で役者をやりたいのか知ろうとすらもしてくれなかった。
───けど、葵くんは違った。
頑張っている私を見てくれて、応援してくれた。
それに、一人の役者としてもあの人は素直に……凄いと、尊敬すらできてしまうような人だと、素直に思ってしまった。
だからからか───
「あ、あのっ!」
思わず声をかけた。
そして、足を止めて振り向いてくれた彼に口が勝手に動いてしまう。
「よかったら……連絡先、教えてくれないかしら?」
多分、この時の私の顔は……少し赤かったと思う。
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