撮影が終わって

「いやぁ~! 今日はありがとうねぇ~!」


 撮影が終わり、日が暮れてしまった頃。

 皆が撤収している間に、筒地さんが俺の手をわさわさと触りながらお礼を言ってきた。


「いえ、こちらこそありが……えぇい、離せ! 触り方がなんかきしょい!」

「ん?」

「言った傍から指絡ませてくるんじゃねぇよッッッ!!!」


 このマダムはお礼か男に触りたいのかはっきりしてほしい。

 というより、前者で綺麗に終わらせやがれマジで。やられるなら佐倉がいい。

 俺が勢いよく手を振り払うと「んもぉ~」と体をモジモジさせる。


「そういえば、あなたってプロダクションに入ってないって本当?」

「まぁ、そうっすね」


 帰ってアルコール消毒したい。


「んー、もったいないわぁ、こんな逸材。モデルとしてならすぐに活躍できるでしょうに。私がどこかに口添えしてあげましょうか?」

「いえ、俺は俳優志望なのでモデルはちょっと。それに、入りたい事務所がありますしね」


 ありがたい話だが、俺は佐倉のいる『フォルテシモ』に入りたい。

 とはいえ、そう簡単に入れるものではないし最近は少し他の事務所に入った方がいいのではないかと揺らぎ始めてはいるが。

 まぁ、今のところは来期のオーディションまで我慢である。落ちたら改めて考えよう。


「葵~!」


 そう思っていると、制服に着替えた綺紗羅が俺の下にやって来た。

 横には同じく着替え終わった佐倉の姿もある。


「あなた、帰りはどうするの? 私達は車で帰るけど、あなたも家まで送りましょうか?」


 ふむ……ということは、再び両手に花が生まれてしまうのか。

 男としては喜ばしい事態。それに、佐倉と話せる機会は逃したくないところではあるが―――


「やめておくよ、流石に帰りもってなると申し訳ない」

「別に、私が今日は急に誘ったし気にしないけど……」

「二人も早く帰りたいだろ? 野郎の家に寄り道する時間がもったいないって」


 仕事終わりで疲れているだろうし、俺の家まで送るのは時間のロスだ。

 聞いた話だと二人はこのあと仕事はないらしい。少しでも休んでもらうには寄り道する時間はもったいないだろう。せっかくの休みの時間なんだから。


「お気遣いはありがたいですが、御崎さんもお疲れですよね? ここから電車で帰るよりかは……」

「俺は明日も仕事じゃないし、学校があるだけだ。そこら辺は気にしなくても構わない」


 俺がもう一度断ると、二人は少し困ったような表情を浮かべる。

 気を遣ったつもりなのだが、これは間違えただろうか?


「葵ちゃん、ここは二人の好意を受け取ったら~?」


 話を聞いていた筒地さんが俺の肩に手を置く。

 さり気なく触ってくるんじゃない、勘違いされたら困るでしょ。俺が。


「ですが……」

「多分、あなたが一人で帰ったら凄いことになると思うわよ?」


 ほら、と。筒地さんは歩道の方を指差す。

 そこには大勢の人だかりが……先程から撮影を見ていたギャラリー達の姿があった。

 そして、その人達は未だに撤収作業の方ではなくこちらを見ている。


「さて、あなたは生きて無事に帰れるかしら?」


 セリフが部下に襲わせるラスボス。

 確かに捕まったら好奇心に襲われそうだけども。


「よ、寄り道しなきゃいいのよね……?」


 俺が筒地さんにモンスターの存在を教えてもらっていると、いきなり綺紗羅が頬を赤くさせる。

 何か意を決するような発言でもするのだろうか? 別にこの場面で勇気を振り絞るようなことなど―――


「だったら、私の家に来ない!?」


 ―――この世にはあるんだなと思った。


「待て待て待て、血迷うな綺紗羅」

「だって、それならあなたも私達を気遣わないじゃない!?」

「そこまで言われたら流石に提案を受けるが!?」


 俺を家まで送りたいのに自分の家に連れ込むのは本末転倒ではないだろうか?

 綺紗羅は時々馬鹿になるから少し困る。


「綺紗羅さん、あまり女の子がそのようなことを軽々しく口にしてはいけませんよ?」

「そうだ、もっと言ってやれ」

「ここは御崎さんのご自宅にお招きされる方がベターです」

「ベターではないが?」


 俺は早く帰って休めって言ってんだよ。


「ふふっ、というのは冗談として……綺紗羅さんは御崎さんにお礼がしたいのです。よろしければ、そちらを汲み取っていただけないでしょうか?」

「まぁ、確かに……」


 佐倉の言う通り、ここで意固地になって綺紗羅の心配とお礼を無碍にするのもおかしな話。

 実際、よく分からない場所で現地解散になってしまったため、送ってもらった方が助かるのが本音だ。

 無理に誘ったことに対して今後恩に感じられても良好な関係にはならないだろうし、変に気を遣うよりかはいいかもしれない。


「それに、私もまだまだ御崎さんとお話したいですしね」

「ッ!?」


 その発言に俺は思わず鼓動が跳ね上がってしまう。


 何せ、前では考えられなかったのだから。

 学校で優しく話しかけてくれたことはあったが、それはあくまで一言二言。

 彼女が自ら「話したい」と願ってくれたことなどなく、話す機会も生まれなかった。


(やっぱり、少しずつ……変わってる)


 それがいい方向なのは間違いない。

 だからこそ、この道を突き進むしかないと再確認させられた。


「珍しいわね、柊夜がそんなこと言うなんて」

「ふふっ、私も少し不思議です」


 二人が楽しそうに笑った。

 この光景を傍で見られることが、きっと確証なんだろう。


(仕事もできたし、佐倉とも話せたし、今日はいい日だ……)


 学生らしからぬ仕事という部分ではあるけども。

 佐倉と近づけたような気がして、俺は二人を見ながら同じように笑ってしまった。

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