出会った彼は

(※柊夜視点)


 あの綺紗羅さんが褒めている男の子がいる。

 私にとって、それは一番の関心になる事柄でした。

 綺紗羅さんと私は家が近くで仕事も同じといった幼馴染です。

 子供の頃からずっと一緒で、彼女があまり異性のことを好いていないというのは知っていました。


 どうやら、綺紗羅さんは男の子から言い寄られるのが好きではないみたいなのです。

 そのせいもあって、今まで異性との交流がまったくと言っていいほどありませんでした。もちろん、仕事は別です。

 そんな彼女が自ら関わり、褒めている姿は私にとっても充分興味になるものでした。

 加えて、どこかお熱な雰囲気を感じます。こちらに至っては私の気のせいかもしれませんが。


(そう思っていざ今日顔を合わせてみましたが……)


 綺紗羅さんが撮影に入っている間、私は後ろで一人用意してもらったドリンクを飲んでいました。

 視界には筒地さんが主導で行う撮影風景が広がっており、ギャラリーの声が耳に入ってきます。

 その中で、綺紗羅さんはカメラに向かって笑顔を向けていました。

 そして、そこには御崎さんの姿も―――


(確かに、綺紗羅さんが褒めるだけのことはありますね)


 綺紗羅さんから予め経歴を聞いていたのですが、ほんの数日前から活動を始めたとは思えないほどの技量でした。

 視線、体勢、それらを纏める思考……総じて素晴らしいものです。

 姉の優亜さんから教わっていたのかと思っていましたが、どうやらそうではないみたいです。

 私もモデル業を本業にしているわけではありませんからそこまで詳しくはありません。

 ですが、仮にもこのような仕事をもらっている身の目にも、彼の技量は高いもののように見えます。


(これで彼も役者を志望しているのですから、本当に驚くばかりです)


 私も周囲から言われたことはありますが、と呼ぶのは彼のような人のことを言うのではないでしょうか?

 恐らく、この場にいる人間のほとんどが驚いているに違いません。


(モデルのお仕事は役者の人間が容易にできるほど簡単なものではありません)


 ドラマや映画などといった一本の作品の役を演じる際は『成り切る』という流れ作業のようなものです。

 極端な話を言えば、カメラなど気にしなくとも勝手にその分野の担当が演出面をカバーします。

 役者に求められるのはキャラクターの自然体……脚本に浮かぶ人物像をフィクションから現実に起こすスキルです。

 一度役に入ってしまえば、台本通りになぞるだけ。もちろんそれだけではありませんが、大まかに、極端に言ってしまえばそのようなものです。


 しかし、モデルに求められるのは被写体。

 ウィンドウに並ぶマネキンに徹しなくてはなりません。そのマネキンはもちろん立つだけではなく状況に応じた必要なマネキン。

 今回で言えば『誰もが憧れそうなデートをする高校生』。

 その憧れた人間が憧れを現実にするために必要な服を引き立たせるのがモデルに求められるものになります。

 ただ、これは今回が『服を売り出すため』に特集を組んだもので、モデル本人を必要とする特集の場合は違うものになるでしょう。


(控えめな存在感、それでいて印象に残るポージングに雰囲気……これが如何に上手いかによってモデルの良し悪しが決まると言われています)


 ですが、御崎さんの姿を見ている限りプロと比べても遜色ないほどのように見えました。

 それどころか、一緒に写る私がやりやすいと思ってしまうほどです。


(ふふっ、興味が湧いてしまいました)


 私も綺紗羅さんと同じであまり異性に興味を持ちません。

 仕事上色恋は面倒の要因になりますし、そこまで関心を寄せるほどのお相手に出会うことがありませんでした。

 流石、綺紗羅さんが褒める人のことだけはありますね。

 是非とも仲良くさせていただきたいものです。


(まぁ、同じクラスになったわけですし、これから交流の機会も増えるでしょう)


 そう思っていた時、撮影をしていた御崎さんが頭を下げてこちらへと歩いてきました。

 恐らく、今から綺紗羅さんのピンを撮るのでしょう。

 加えて、ずっと撮りっぱなしであった御崎さんの休憩も含めて。


(そうです、面白いことを思いつきました)


 ふと湧いた悪戯心。

 私は口元を緩めながら、手元にあったもう一本の飲み物を持って立ち上がりました。

 そして、御崎さんの下へ駆け寄り―――


『お疲れ様! はい、これっ! お疲れ様のドリンク!』


 私は無邪気な笑みを浮かべながら飲み物を差し出しました。


 役者を志望している御崎さんが一体どのような反応をするのか?

 戸惑いますか? いきなりなんだ、と聞きますか? それとも普通に受け取りますか?

 私が稽古を受けている先生から時折不意にアドリブを振られます。

 役者は必ずしも台本通りに進むわけではありません。さり気ない動作から与えられた言葉以上のセリフなど。

 そういう即興力を培うために、役者の人達の間ではこのような練習方法があります。

 上手い役者ほど、こういう即興で投げかけられた相手の役を自分なりにしっかり解釈して自分の役で返してくるものです。


(さぁ、どうされますか?)


 普段の私の雰囲気とは違うでしょう? 頑張った兄を労う妹として、私は振りました。

 少なくとも突然の雰囲気の変化に驚くは―――


『珍しいな、お前が俺を労うなんて! いやぁ~、お兄ちゃんはちょっと感動したぞ~?』


 ……ずだと、思っていましたのに。

 御崎さんはノータイムで嬉しさをいっぱいに醸し出しながら私の頭を乱雑に撫で始めました。


 御崎さんの中では、私が妹だと解釈して兄と接したみたいです。

 その通り、私は妹として兄の対応を求めました。

 それを、息をつく間もなく返してくるとは―――


(い、いけませんね……っ!)


 これは同じ役者として俄然興味が湧いてしまいました。

 私や綺紗羅さんのように幼い頃から培ってきた経験や教養などないはずなのに、同じ年齢でこのような返しをしてくるとは……彼の才能には驚かされます。

 テレビに映る彼の姿は一体どのようなものなのでしょうか? 本気で活動している身としては、気にならないわけがありません。


「ふふっ、お疲れ様です、御崎さん」

「お、おぅ……いきなり戻られた俺はどういう反応をすれば? まだ兄キャラ続けた方がいい感じ?」

「それよりもお話をしませんか? せっかく同じクラスにもなれましたし」


 私は御崎さんの手を取って椅子へ促します。

 その時、彼の顔が真っ赤な気がしましたが―――


ですね、こんな感情になるのは♪)


 深く気にすることはありませんでした。

 何せ、私にしては珍しく抱いてしまった感情なのですから。

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