モデル撮影
「いやぁ、本当にいい人材を連れて来たわね、綺紗羅ちゃん!」
ペタペタと、開始早々俺の体を触ってくる派手派手しいマダム。
現場に到着し、顔合わせと着替えが終わった瞬間に現れたこの人は今日のカメラマンの
若年齢の読者を対象とした女性雑誌『beautiful』のカメラマンで、綺紗羅曰くかなり有名な人らしい。
ただ、そんな人がいきなり目の前に現れ、体を触れられるという行為に至っているのだが……通報してもいいだろうか? セクシャルハラスメントは女性だけの専売特許ではないと教えてやりたい。
「ちょうど見つかって私も安心です。でも、あんまり触っていると葵が困ってしまうかもしれません」
俺がペタペタ触れられている横では制服から着替えた綺紗羅の姿。
薄青色のシャツにデニムといったスタイルのよさを引き出すようなコーデだ。同色系のGジャンを腰に巻いているのも目を更に惹かせるアクセントとなっている。
そのおかげで、正直「綺麗だ」という言葉しか見つからないぐらい普段よりも美しくなっていた。
「困ってるの?」
「口にした方がいいですか?」
「口にしないでいいわ、じゃないと触れないもの!」
誰か、殴らせろ。
「とてもよくお似合いですね、御崎さん」
筒地さんに苛立っていると、後ろから着替え終わった佐倉が姿を現した。
その姿を見て、俺は思わず放心してしまう。
「…………」
「あの、どこかおかしいでしょうか?」
カーキのブルゾンにワイドパンツといったラインを見せないコーデ。
元の雰囲気がお淑やかで落ち着いているからか、より一層大人っぽい雰囲気を醸し出しているような気がする。
百人が百人、すれ違えば立ち止まってしまうほど見蕩れてしまうだろう。
そう思わせるぐらいの美しさが、今の彼女からは溢れ出していた。
(高校の時の佐倉……マジで可愛すぎだろ)
想い人だからか、余計にもそう感じずにはいられない。
前の俺だったら、初恋相手のこんな姿などお目にかかることすらなかっただろう。
「い、いや……よく似合っていると思う」
「ふふっ、ありがとうございます」
こうして褒めるだけでも照れ臭い。
何着ても似合うっていうのは分かり切っているのに。
「……私には何もなし?」
ふと、横から袖を引っ張られる。
上目遣いから放たれた言葉は、何か期待しているような文句でも言いたそうな……そんな色々なものが混ざったものであった。
「綺紗羅は元がいいんだから、特段何か言うのもなぁ」
「そ、そっか……」
頬を染めて照れ始める綺紗羅。
言われ慣れているだろうに、こういう反応を見せるのは少し意外だ。
(しかし、こういうのはやっぱり誰に対してもちゃんと言った方がいいのだろうか?)
節操なしと思われるからあえて言わなかったが、今思うと佐倉一人に対して口にするのも少し違うような気がしてきた。
「それじゃ、準備も終わったところだし早速始めましょ! 今日は外だし、あまりギャラリーが集まっても困るもの!」
───今回は『高校生向けのデート特集』。
今時流行りのコーデに身を包んだモデルが街中に溶け込み、女子高生が好むオシャレを見せることをポイントとしている。
そのため、雑誌媒体が女性向けということもあって俺はあくまでお飾り。
連れ添うパートナーのように撮るため、あまり大っぴらに写ることはないらしい。
(モデル撮影かぁ……)
前でもあんまりやって来なかったからちゃんとできるか不安だ。
まぁ、ドラマのポスター撮影だと思えばなんとかなるだろう。
(イメージは若者、高校生、デート、カップル……)
俺は頭の中で定義付けた役を想像しながら、皆に従うように動き始めた。
♦️♦️♦️
「いいわねぇ! そこ、もうちょっと楽しげに! そうそう、いい感じ!」
それから、外での撮影が始まった。
路地から公園、目新しい観光スポットまで、近場で行けるところに車で移動しながら、何度も着替えて時間は過ぎていった。
やはり撮影ということもあって、どこに行くにしてもギャラリーの姿があった。
目新しいのか、それとも関心があるのか。驚いたのは、移動する度について行く人達がいたことだ。
『ねぇ、あれって『あじまろ』のCMに出てた綺紗羅ちゃんだよね!?』
『うわぁ、雑誌の撮影っぽいけど女優さんばっか……生柊夜ちゃんだよ!』
『二人共可愛い! 今日、ここ通ってよかったぁ』
───などなど、二人の認知度もさることながらビジュアルのよさにギャラリーの声が凄まじいことになっている。
とはいえ、周囲の声に意識が持っていかれてはダメだろう。
モデルとしての仕事を請け負った以上、しっかりと集中しなければ。
『ねぇ、あの男の子どこかで見たことあるんだけど、超かっこよくない?』
『ほら、綺紗羅ちゃんと一緒に『あじまろ』に出てた人!』
『噂だけど、優亜ちゃんの弟らしいよ?』
『そうなの!? 姉弟揃ってルックス最強とかヤバいよね〜! 私、今日から推す!』
……ここではショッピング帰りの二人。
横には佐倉の姿がある。手を繋いで、顔を寄せながら笑い合う。
ポイントは笑顔だ。あくまで若者がデートをしている一部分を角度よく撮られているだけ。
この前のCMとは違って、カメラが動いてベストなポジションを選び、その上で都度指示を出してくれる。
だから邪魔しないように、カメラの存在はない前提で佐倉へ表情を向ければいい。
加えて、佐倉がよく写るように顔を近づけて遠近感を生ませる。
……指示があっても佐倉が動きやすいようちょっと体勢を変えるか。
「いいわよ、御崎くん! その表情のまま流し目で向いてちょうだい!」
言われた通りに、流し目でカメラの方へと視線を向ける。
その瞬間、どこかからか黄色い声が聞こえたような気がした。
「しかし、驚きました……お上手なんですね、御崎さん」
肩を寄せ、顔を近づける佐倉が小声で話しかけてきた。
流石と言っていいべきか、ここに至るまで緊張している様子もなくしっかりこなしている。
比較はあまりしたくないが、綺紗羅よりも場馴れしている感じがあった。
「そうか?」
「そうですよ。私の本業は役者ですが、それでもしっかりとこなせていると思ってしまいました。現に私も綺紗羅さんも、今回の撮影では肩をお借りしているような感覚があります」
シャッター音が聞こえる中、佐倉が動きを止めながらそのようなことを口にしてくる。
「大袈裟だな」
「いいえ、大袈裟ではありませんよ? 細かな動きと位置取りが丁寧で、しっかりと思考されているということが伺えました。先程だって私が動きやすいよう体勢も変えてくださいましたし」
そうは言ってくれているが、モデル撮影は経験が少ない。
褒めてくれるのは嬉しい。しかし、これでちゃんと合っているのかは疑問ではあった。
「その証拠に、筒地さんからの指示が少ないでしょう? 今まで何度かモデル撮影をさせていただきましたが、他の方よりやりやすいのと思ったのが私の本音です」
「………………」
「ですが、それも私が役者だから……そうですね、あなたが演技をしているからでしょうか? それも、とても自然に。ふふっ、私も撮影ではなく本当にデートをしているような感覚で少し楽しくなってきました」
佐倉が控えめでありながらも楽しげな笑みを浮かべる。
それが作ったものか、はたまた自然と出たものか……俺の目には分からなかった。
それだけ、演技と自然体の差がないほど上手いのだろう。
こうした一幕でも、彼女が高校生ながらも人気女優として活躍している理由が垣間見れる。
「聞くところによると、今日が初めてですよね?」
「まぁ、モデル撮影は初めてだな。だから褒めてくれるのはありがたいが、上手くやれているか心配だよ。こんなことなら、姉さんに色々教わっておくんだった」
どうにもこのシャッター音が続く環境はリテイクを食らっているようでどこか慣れない。
姉さんならもっと上手くやれているんだろうけども。
「ご安心ください」
そう思っていると、佐倉が思い切り腕に抱き着いてきた。
「どこからどう見ても、頼もしい彼氏さんにしか見えませんよ♪」
「……そうか」
佐倉の言葉に、俺は思わず小さく笑ってしまう。
言われて励まされたからではない。
これはちゃんと彼氏役としてできていると……他ならぬ佐倉に認められたような気がしたから。
まだ関わって数時間の関係ではある。
それでも、前の時には考えられないような関係になっているような気がしてしまう。
これも、変わろうと行動に移した結果なのだろうか?
そうであってほしいと、切に願う。
「佐倉に言われると……嬉しいな」
いつかこんなデートを彼女としてみたい。
そう思った瞬間、シャッター音が耳に届いた。
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