綺紗羅からのお願い
「本当に昨日ぶりだな。今日会うなんて考えてもいなかったよ」
これから帰ろうとした矢先に、見た目麗しい少女が現れる。
俺はその女の子に小さく苦笑しながら顔を向けた。
「私だってこんなに早く会うなんて思ってなかったわよ。もしかしてと思って一年のクラス分けを見たらあなたがいたしで、驚いたのはこっちなんだから。これなら予め聞いておけばよかったわ」
「俺も綺紗羅を見て同じことを思った」
恥ずかしい話、佐倉のことで頭がいっぱいだったから綺紗羅を見るまでそんなこと考えてすらいなかった。
まともな男になるなら、周囲との交流もしっかりしておかなければならないだろう。この点は要反省だ。
「(ね、ねぇ、葵くん!)」
そう思っていた時、安芸が俺の襟首をいきなり引っ張って顔を寄せてきた。
安芸も負けず劣らず綺麗な顔をしている。長いまつ毛と仄かに香る甘い匂いが備考を擽り、思わずドキッとしてしまう。
しかし、それ以前に首が苦しいことを忘るるなかれ。
「(葵くんって綺紗羅さんのこと知ってるの!?)」
「(か、会話に入る前に首を離そうか……)」
「(あ、ごめん)」
脳にとって血は大事なんだぞ。
「(まぁ、知っているな……っていうか、一緒のCMに出てたらそうだろ)」
「(言われてみればそうだね。私としたことがびっくりでうっかりだったよ。いやぁ〜、生綺紗羅さんだったからさぁ〜!)」
俺が言うのもなんだけど、安芸は芸能人を見ると本当に目を輝かせるな。
佐倉なら分かるが、綺紗羅はまだ仕事を始めたばかりだし、俺に至っては一度だけなのに。
「ねぇ、葵……」
キラキラした瞳の安芸に苦笑いしていると、不意に制服の袖を引っ張られる。
そういえば、なんか少しだけ放置した形になったな。
……前だったら放置するほど人なんか来なかったんだが。
「その子と仲がいいみたいだけど……もしかして、その……葵とお付き合い、してるの?」
……どうしよう、社会人経験を積んでいたはずなのに質問の意図がまったく汲み取れない。
これは俺の根がまだまだ陰キャだからだろうか?
「いや、別に今日知り合ったばかりのクラスメイトだぞ」
「お友達!」
「だそうだ」
「そ、そうっ! い、言っておくけど、別に意図はなかったのよ? ただ、あまりに仲がよかったから気になっちゃって……」
頬を染めてモジモジしているところ悪いが、首を苦しくさせている光景のどこに仲がいい場面があったのか教えてほしい。
「まぁ、よく分からんがいきなり教室に来てどうした? もしかして、何か用事でも?」
「挨拶ぐらいしておきたかったのよ。ほら、同じ学校なのに声をかけないのもどうかなって感じがするじゃない?」
「言われてみれば」
今後すれ違った時に「え、いたの!?」みたいな空気が出てしまえば互いに気まずいだろう。
時間が経てば経つほど違和感があるし、そう考えると綺紗羅の行動はありがたい。
「それと、今日の予定空いてるかなって。一応、昼前に連絡入れたんだけど、レスがなかったから聞きに来たっていうのもあるわ」
言われて俺は慌ててスマホの画面を開く。
確かに、綺紗羅から昼ぐらいにしっかりとメッセージが届いていた。
「すまん、気がつかんかった」
「初日で忙しいでしょうし、気にしてないわよ。私も突然連絡してしまったし」
綺紗羅が小さく肩を竦める。
「んで、予定は空いてるのは空いてるが……また練習に付き合ってほしい、とかの話か?」
「今日はそうじゃないわ。どちらかというと仕事のお願いね」
「は?」
突然の言葉に俺は思わず呆けてしまう。
いきなり仕事の話? しかも、事務所の人間ではなくいち新人女優が持ってくる?
珍しい仕事のルートに、俺は首を傾げる。
「今日、雑誌の撮影の仕事があるんだけど、そこで一緒に撮影するモデルの人が風邪で倒れちゃったみたいで、急遽代役が必要なのよ。他の子の予定がズラせないからリスケすることもできないし……」
雑誌とかの撮影は何もモデルの人間だけがする仕事ではない。
姉さんが女優としての仕事も与えられた通り、女優や俳優だって撮影の仕事がやって来ることがある。
今回は恐らく、その仕事に参加している綺紗羅に「今日来られる知り合いはいないか」と聞かれたのだろう。
複数人でやるのであれば、一人がよくても他の人間の予定が合わなければリスケするわけにもいかなくなる。
雑誌の編集部の方でも、校了やら納期やらの予定もあるはずだ。
そこで、未だ活動していない俺に綺紗羅が選んでくれて声をかけた。
だとしたら、この流れの依頼も頷ける。
「そこで「自分の予定」もって言わないんだな」
「……いじわる」
頬を膨らませて、真っ直ぐに訴えてくる綺紗羅。
普段どこか大人びているからか、こういう仕草がギャップを生んでドキッとしてしまう。
「ごめん、悪かったって。その代わりといってはなんだが、綺紗羅の話は受けるよ」
「本当!?」
首を縦に振ると、いじらしい表情から一変して花の咲くような笑みを浮かべた。
「ギャラとか契約書とか、そこら辺はあとでちゃんとやってくれるんだろ?」
「もちろんよ、そこの話はマネージャーを通して先方に言っておくわ」
なら問題はないだろう。
未成年だから活動する度に色々と面倒なことがあるから、その部分がしっかりしているなら断る理由もない。
何せ、俺も顔を広げられるチャンスだからな。
「っていうわけだから、俺は帰るよ」
「うんうん、おっけー! そういうお話なら引き留めるわけにもいかないんだよ! もうちょっとお話はしたかったけどね!」
「悪いな、なんか途中から放置したような感じになって」
申し訳なく思っていると、安芸は笑顔を浮かべて小さく手を振った。
「気にしないで、私如きは綺紗羅さんとお話する土俵に立ててないから! 眺めるだけで百発ビンタレベルなんだよ!」
「……この子の中で、私ってどの世界にいるわけ?」
「雲の上とまではいかないが、スカイツリーの天辺ぐらいじゃないか?」
そこまで高く設定されれば綺紗羅も困るだろうに。
その証拠に、横にいる綺紗羅は苦笑いを浮かべていた。
「まぁ、いっか───それじゃあな、安芸」
「うんっ、お仕事頑張ってねー!」
俺がカバンを持って綺紗羅と一緒に背中を向けると、安芸が可愛らしい笑顔を浮かべて大きく手を振ってくれる。
それがなんとも嬉しく、安芸の姿を見ながら不思議と「頑張ろう」という気持ちになった。
「でも凄いなぁ、葵くんは……あぁいうお話してるとこ、なんかかっこいい」
♦️♦️♦️
そして俺達は校舎を出て、綺紗羅が用意していた車に乗り込んで現場に向かおうとしたのだが───
「初めまして、佐倉柊夜と申します。本日はよろしくお願いしますね、御崎さん」
「……はい?」
その矢先、同じ車に乗り込もうとしている佐倉と遭遇した。
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