初日が終わって

 リスタートだ!

 ……なんて息巻いたはいいものの、少し困った状況になっている。


『な、生柊夜ちゃんだ!』

『よかったらこのあとカラオケ行かね!? 親睦会もかねてさ!』

『あの、サインってもらってもいい感じですか?』


 教室のど真ん中に映るのは大きな人だかり。

 クラスの大半の人間がそちらに向かい、皆嬉々とした表情を見せている。

 その中心人物はもちろん、この空間の中で一番ホットな人間だ。


『申し訳ございません、このあと予定が入っておりまして』


 今現在、初日の授業が終わって放課後。

 にもかかわらず、この人だかりが消えることはなかった。おかげで、息巻いていたのに一度も話せていないという結果が訪れてしまっている。

 もはや自分の席からでは佐倉の姿などもはやチラリとも見えない。


(そういえば、前もこんな感じだったよなぁ)


 同じようにクラスの皆に囲まれて、ここだけ盛り上がって、あっという間にクラスの中心人物になってしまった。

 この時輪に入らないのは、人気者の佐倉に嫉妬した人間か、俺みたいな話しかける勇気を持てない人間。

 今回はそうならないよう話しかけに行きたいのだが……流石にこの囲まれている状況で押しかけてしまえば迷惑だろう。

 こういう気遣いができるような男こそ好印象のはず。いや、そうであってほしい。


(今日は諦めてさっさと帰った方がよさそうだな)


 出だしで注目されてしまったとはいえ、佐倉がいれば佐倉の方に注目は向く。

 これもステータスの中の箔が一番強いからだろう。


「あれ、葵くんはあっちに混ざらないんだ」


 そう思っていると、ふと俺の横に安芸が姿を現した。


「話しかけには行きたいけどな。流石にこれ以上押しかけるのも迷惑だろ、明日にでもって考えてたよ」

「そう思えて偉いっ! 葵くんは心が綺麗な男の子だね! えらいえらいした方がいい?」


 なんだろう、この無駄に褒めてくる感じが姉さんを彷彿とさせる。

 この陽キャの中で、俺は一体どのようなポジションに立っているのだろうか?


「安芸は行かなくていいのか? 朝に結構興味津々な顔してただろ?」

「私だって興味はあるけど、人の迷惑はちゃんと考えるよ? さっきチラッて見えたけど、柊夜ちゃん少し困った感じだったし」

「へぇー」


 これは少し意外だ。

 朝の時点でかなりグイグイきていたから迷惑考えず話しかけに行くタイプだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。

 もしかしなくても、こういう気遣いができる部分がクラスの中心人物になり得た要因なのかもしれない。


「あっ、なんか意外だなって思ってるでしょ?」

「その通りだ」

「……葵くんの壁がなくなってきてるのは嬉しいけど、それは反応に困ります」


 そういえば、いつの間にか安芸に対して普通に話せるようになっているな。

 これも今日の休み中毎回ずっと話しかけられたおかげかもしれない。

 ……今思えば、安芸もよく毎回話しかけてきたな。他の友達と話さなくてもよかったのだろうか?


「でも、葵くんはまだまだ壁がある感じがするんだよ」

「そうか?」

「そうだよ! なんか、こう……っ!」


 先程の気遣いは何処いずこへ行ったのだろうか?


「皆葵くんに話しかけたくても、なんか「話しかけ難いよね」ってなってるよ?」

「俺に話しかけたい人……いるんだ」

「もちろん! だって葵くんは結構注目されてる隠れ人気キャラだもん! 朝に優亜さんと一緒に来たでしょ? 顔がいいでしょ? 『あじまろ』のCMにも出てたでしょ? 普通の人なら話しかけたいはずだもん。今日何回も他の人から「ねぇ、御崎くんってさ」って聞かれてるし」


 てっきり佐倉にだけ関心が向いているかと思ったのだが、別にそうではなかったらしい。

 前の時には考えられなかったことだ……どうしよう、ちょっと嬉しいって思ってしまっている俺がいる。


「だから、葵くんも笑顔だよ! そんなことじゃ、友達百人は夢のまた夢だよ!?」

「友達百人って……」

「あー、馬鹿にしたなー? 私は本気で友達百人目指してるんだからー!」


 頬を脹らませて不機嫌そうな顔をする安芸。

 ───冗談で言っている様子は見られない。

 その姿を見て、俺は素直に「凄い」と思った。

 陽キャは陽キャ。自然と友達を作れてクラスの中心に勝手に腰を下ろす……そう住む世界が違うと思っていたのだが、これは考え方を改めないといけない。


(安芸は安芸なりに目的意識を持っているのか)


 目的意識がなければ、そもそも望む場所には立てない。

 安芸は自然とあの立場を確立しているのではなく、しっかり目指す場所を自分で定めているのだ。

 その過程にはきっと努力があっただろう。

 周りからは幼稚な目的だと思われるかもしれないが、それでも俺は素直に拍手を送りたかった。


「いや、凄いなって思うよ」

「あれ? 私褒められた?」


 突然褒められたことに、安芸は可愛らしく首を傾げる。

 こういう姿を見ると、男子に多大な人気を誇るのも無理はないと感じてしまう。


 ―――その時だった。


「失礼するわね」


 ガラガラッ、と。

 教室の扉が音を立てて開いた。

 そして、そこから姿を現したのは綺麗な茶髪を携えた見覚えのある女の子であった。


『ね、ねぇあの人って!』

『二年の会津先輩じゃない!?』

『うっそ、この前『あじまろ』のCMに出てた人でしょ!?』


 佐倉に集まっていた人間も含めて、クラス中が騒ぎ始める。

 入学したばかりの一年生までもが知っているとは、綺紗羅は本当に凄いな。

 まぁ、あの容姿に女優という箔がつけば当然といえば当然なのかもしれない。


(っていうか、綺紗羅って同じ学校だったんだな)


 まぁ、近くに住んでいれば被ることだってあるだろう。

 俺の一個上の先輩だし、昨日会った時に高校の名前ぐらい聞いておけばよかった。


 話しかけに行こうかな、と。

 そう考えていた時……綺紗羅は辺りを見渡すと、こっちに向かってゆっくりと歩いてきた。

 そして───


「昨日ぶりね、葵」


 俺の目の前へとやって来たのであった。



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