初恋のリスタート
ゴクリ、と。
何度も教室の入り口の前で唾を飲んでしまう。
(よ、ようやくだ……)
今日から学校生活が始まる。
クラス分けを見てきたのだが、やはり前の時と人もクラスの番号も変わっていなかった。
こうして見ると、自分がタイムリープしてきたのだと改めて実感させられてしまう。
そして、変わらず—――佐倉も同じクラスだった。
(この扉を開ければいよいよ佐倉と出会う)
いや、登校していなければ教室にはいないだろう。
でもそれは開けてみないと真偽が分からず、開けない限りはこの緊張が収まることもない。
不安材料も残ったまま。
教室の隅で一人ぼっちだった自分が果たしてもう一度このクラスの輪に入っていけるだろうか?
中学は中高一貫校の進学校で、俺以外で外部に受験した生徒は少ない。
このクラスで俺の知る限り同じ中学の人間はいなかった。
つまりは、誰も知り合いがいない状況からの再スタート。
(お、落ち着け……いつまでもここに立っているわけにはいかないだろうが)
ただでさえ―――
『ねぇ、あの人でしょ? 校門の前まで外車に乗ってきた人って』
『しかも、あの優亜さんと一緒に来たって!』
『弟さんかな? しかもかっこいい!』
……初手から目立ってしまったというのに。
(姉さんめ……ッ!)
よく考えれば姉さんと一緒に色の派手な外車で登校すれば注目を浴びるのは当然だった。近くで下ろしてもらえばよかったと後悔する。
これから学校に入る若者として、いきなり場違いのような空気を醸し出して注目されるのはやはりメンタルさんが違うと言っていた。
(こ、これ以上目立つのは精神的にも厳しい!)
俺は意を決して扉に手をかけて思いっきり引いた。
視界に入ったのは、黒板や机、古びた椅子に懐かしき学生服姿の同年代がだべっている姿。
それを見ただけで過去の記憶が蘇り、胸の鼓動が不安と一緒に精神へ負荷をかけてくる。
それに—――
『『『『『…………………………』』』』』
……何故かすっごい見られているような気がする。
入ってきた音に注視してしまうのは考えられるが、何故こうも皆が同じようにこっちを見てくるのだろうか? 後ろに何かいる?
(……とりあえず、佐倉はまだ来ていないのか)
教室を皆の視線と合わせないよう軽く見渡しても佐倉の姿は見受けられなかった。
入学式が始まるまでまだ少し時間がある。
シュレーディンガーの箱を開けてみた結果は『登校していない』という結果だったようだ。
少しばかりの落胆を覚えながらも、俺はとりあえず空いていそうな窓際の席へと向かって腰を下ろした。
今のうちにメンタルを整えておかないといけない。
この調子で不安がっているようではなんのために佐倉と向き合おうとしているのか分かったものではない。
大人の頃は面と向かって話せれていたのだから、ここで臆さず話せるメンタルだってあるはずだ。
……まぁ、学生時代の佐倉相手というのはまた状況が違うのかもしれないが。
「やぁっ!」
―――その時、ふと目の前から声がかかった。
視線を上げると、そこには肩口まで伸びているウェーブのかかった黒髪を携えた少女の姿があった。
「えーっと……」
突然声をかけられたことに俺は思わず戸惑ってしまう。
無邪気で、幼くあどけない可愛いを詰め込んだような端麗な顔立ち。
この少女は記憶の中でも特に印象に残っている女の子だった。
何せ、俺とは正反対———クラスの中でも中心人物と言っても差支えのない陽キャなのだから。
「あ、私は
「お、おう……ご丁寧にどうも。俺は「ねぇ、さっきあの優亜さんと一緒に来てた人だよね!? 噂になってたんだけど!」……」
せめて名乗らせてください。
「まぁ、そうだが」
「やっぱり! ねぇ、二人ってどんな関係なの!? 顔がなんか似ているし、もしかして弟さん!?」
瞳を輝かせながら顔を近づけてくる安芸。
陽キャはこうもグイグイくる生き物なのかと、戸惑いを通り越して驚きを隠し切れない。
前は話しかけにすら来なかったというのに、これもやっぱり身を綺麗にしたからだろうか?
……いや、あの姉さんのせいだな、うん。
「御崎葵って名前なんだけど、それで察してくれ」
「やっぱり弟さんだぁ!」
凄いなぁ、と。安芸はニマニマ可愛らしく頬を撫でる。
外車の件は置いておいて、やはり今波に乗っている姉さんの知名度は凄いようだ。
これだからステータスというのは恐ろしい。
俺もこの前『あじまろ』のCMに出させてもらったが、それほど話題にはなっていないようだ。
「っていうことは、葵くんもモデル!? それとも、俳優さん!?」
いきなり下の名前ですか、陽キャは違いますね。
「姉がモデルだからって俺がそっち方面とは限らないだろ?」
「え、でもこの前『あじまろ』のCMに出てたよね? 違うかなーって思ってたけど、近くで見たら「やっぱり!」だった!」
……案外、知られているものなんだな。
(いや、よく考えれば当たり前なのか)
芸能人はテレビこそ主戦場。
『あじまろ』では姉さんこそ広告塔であり、看板だったが、土俵に立つだけで顔が世界に知れ渡る。
これは認識を改める必要があるようだ。とはいえ、この話の流れではやはりまだ姉さんの方がステータスが強いのだと思う。
これからのことも考えて、俺もまだまだ頑張っていく必要があるみたいだ。
「ふへへ、そんな人とおんなじクラスって嬉しいなぁ~! しかも、このクラスにはもう一人———」
と、そう言いかけた瞬間、ゆっくりと扉が開かれた。
そこから姿を現したのは……目立つ金髪を靡かせた、一人の美少女。
歳相応の可愛らしさと美しさを含んだ綺麗な顔立ち、透き通った宝石のような瞳。品位すらも感じさせるお淑やかな雰囲気。
それらが、教室に入った途端周囲の視線を奪っていった。
「やっぱり佐倉ちゃんは可愛いなぁ~! テレビで見るよりもずっとキュンキュンだよ~!」
安芸が悶えるような瞳で佐倉を見る。
周囲も安芸と同じ気持ちなのか、声をかけるでもなく魅入るように視線を向けていた。
よく理解できる。
俺も、彼女が入ってきた瞬間に心臓の鼓動が初め以上の高鳴りを聞かせていたのだから。
(あぁ、ようやく……)
ようやく、君に出会えた。
俺が初めて抱いたこの気持ちを与えてくれた女の子。
人生で最も後悔していた時に、最も話していたかった時に……もう一度、出会うことができた。
(……佐倉)
矮小な俺に、もう一度チャンスを与えてくれ。
情けなかった俺を捨てて、君と俺自身の気持ちに向き合うための時間を。
(ここからだ)
―――本当にここからが、俺の
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