エピローグ

 クランクアップしてから一週間が経った。

 撮影の関係者でクランクアップ祝いの打ち上げがあったり、学校があったりと少しばかりの忙しさと開放感が入り混ざったこの頃。

 久しぶりの何もない休日ということで、俺は家で心地よい昼時を過ごしていた。


「なぁ、姉さん」

「ん? なぁーに? あ、さっき届いたピザ並べておいてー」


 忙しなくキッチンとリビングを行き来する姉さん。何故か誕生日会で着けるようなクラッカー似の帽子を被っていた。

 テーブルの上にはチキンに寿司、サラダと今持ってきた休日よりかはパーティー並みの昼食が何故か並べられている。


「いや、並べるのはいいんだが……何? 誰かの誕生日だっけ?」

「そう見える?」

「そうにしか見えない」


 休日の昼食とは思えない豪華さである。


「えへへー、葵くんのお疲れ様会がしたくてさー」


 なるほど。

 今日一日中出前のチラシを片手に電話していたのはそういうことか。

 手作り感一切なしではあるが、祝いたいという気持ちは充分に伝わってくる。


「でも、この前クランクアップ祝いしたばかりなんだけど? いやまぁ、嬉しいんだけどさ」

「だって私祝えてないもん! 誘われなかったし!」


 そりゃ、無関係者は誘われないだろう。


「本当はお父さんもお母さんも一緒がよかったんだけどねぇ。薄情な彼等は今日もお仕事なのです」


 自分の親のことを彼等と口にするほど他人行儀になった姉さんはキッチンからホールケーキを持ってきた。

 出すの早いし大きいしのツッコミは野暮だろうか?


「……それにしては量が多いよな」


 祝ってくれるのは嬉しい。

 しかし、この目の前に広がる量は明らかに二人用を超えている。

 もしかしたら彼等と呼んだ両親に余りものでも食べさせようと思っているのかもしれない。

 他人行儀どころの話ではなく単なる嫌がらせへチェンジだ。


「え? 少なくない?」

「ほほう?」


 なるほど、嫌がらせではなく単に胃袋を見誤っていたのか。

 少し安心したよ。頭は心配になったが。


「いやいや、普通にこんなに食えな―――」


 そう言いかけた時、ふとインターホンが鳴った。

 また姉さんが注文した料理が届いたのだろうか?

 どうにかキャンセルできないかなと、考えながらも玄関へ向かって扉を開ける。

 すると、玄関先に現れたのはお店の人ではなく……見慣れた少女二人であった。


「こんにちわ、御崎さん」

「来たわよ、葵」

「……なんでいんの?」


 特に予定も入っていなかったし、特に住所も教えていないはずなのに。

 いや、二人に休日でも会えるのは嬉しいんだが……佐倉の私服可愛いな。


「あなたのお姉さんにお呼ばれしたのよ。なんか「お祝い会したいから来て!」って連絡が来たから」

「あー、そういうこと」


 だからあんなにも料理が多かったのか。

 っていうか、いつの間に綺紗羅と連絡交換したんだよ。コミュ力お化けか、うちの姉さんは?


「あの、もしかしてご迷惑でしたか?」

「そんなことはない。ただ、あの愚姉に何も聞かされていなかったってだけだ」


 よかったですと、佐倉は胸を撫で下ろす。

 ここまで足を運んで歓迎されなかった……なんてことにならなくて安心したのだろう。

 俺が佐倉を拒むなんてあり得ないのに。


「とりあえず入ってくれ。あんまり立ち話もなんだからな」

「そういうことならお邪魔するわ」

「では、お邪魔します」


 そう言って、二人は俺の横を通り過ぎるとそのまま家の中へと入っていく。


(それにしても……まさか佐倉が俺の家にやって来るなんてな)


 こればかりは姉さんに感謝しなくちゃいけない。ありがとう、姉さん。


「あ、久しぶり綺紗羅ちゃん!」


 リビングからそんな声が聞こえてくる。

 遅れてリビングへと戻ると、姉さんが嬉しそうな表情を浮かべて綺紗羅の手を取っていた。


「お久しぶりです、御崎さん」

「『あじまろ』の撮影以来だね~!」

「あのっ、初めまして。佐倉柊夜と申します」


 その横で、佐倉が少し緊張した様子で小さく頭を下げる。

 初対面で挨拶は大事だよな。


「初めまして、葵くんの婚約者の優亜ですっ!」


 すみません、誰かメリケンサックをください。

 用途は関係詐欺の姉の頭を殴るためです。


「婚約者、ですか……?」

「違うぞ、佐倉。紛れもない姉だ」

「そ、そうですよね! 婚約者じゃありませんよね!?」


 何やら玄関先よりも安堵した表情を浮かべる佐倉。

 そんなに安心する要素でもあっただろうか?


「……ねぇ、柊夜」

「なんでしょうか?」

「あなた、まさか……」


 一方で、綺紗羅は何やら訝しむような目を佐倉に向ける。

 今の会話だけで忙しなく表情が変わっていくのは、間違いなく愚姉のせいだろう。


「まぁ、いいわ。あとでじっくり聞けばいいし」

「はい? えーっと、なんのことでしょうか?」


 綺紗羅の反応に佐倉は首を傾げる。

 それでも綺紗羅の方は特に何も答えるわけでもなく、近くにカバンを置いた。


「二人共、今日は来てくれてありがとね!」


 冷蔵庫からお茶を持ってきた姉さんが二人にお礼を言う。

 お茶を出したのなら、コップも出した方がいいだろう。あとは人数分の箸と小皿を用意すればいいか。

 そう思い、俺もキッチンへと向かった。


「いいえ、私の方こそ呼んでいただいてありがとうございます。私は二人とは同じ作品じゃないんですけど」

「いいのいいのっ! 葵くんから聞いたけど、綺紗羅ちゃんも別作品のクランクアップしたんでしょ? なら一緒に祝わなきゃ!」

「私も、今日はありがとうございます」

「柊夜ちゃんも葵くんと一緒に祝わなきゃだったから気にしなくていいよ~! 葵くんがお世話になったし、これぐらいはしたいんだー」


 ……なんか、姉さんの純粋な笑顔が眩しいんだが。

 お盆にコップを置いているだけなのに、妙に照れ臭いというか胸が温かくなるような。不思議な気持ちだ。


「ささっ、座って座って! 今日はいっぱい食べてね!」


 コップをお盆に乗せ、そのままテーブルへ向かうと姉さんがちょうど二人を椅子へと促した。

 面識があったからか、先に姉さんの言葉に合わせて綺紗羅が腰を下ろす。

 だが―――


「佐倉は座らないのか?」

「いえ……」


 少し考え込む様子を見せると、佐倉が急にこっちを向いた。


「御崎さんはどちらに座るのですか?」

「ん? いや、俺は余ったところに座る予定けど」


 座る場所などどこでもいいし、皆が座ったあとに余った椅子へ座ろうと思っていた。

 客人を先に座らせるのは当然だろう。


「そうですか。では、こちらに座っていただけませんか? 横に座りたいので」

「はい!?」


 俺は思わずお盆を落としそうになる。


「あなた、本当に開き直ったというかなんというか……私のいる前でよくもやってくれたわね」

「あぁ、先程の発言はそういうことだったんですね。ふふっ、ご想像にお任せしますよ」

「およ? もしかして葵くんって人気物件になっちゃったの?」


 俺が佐倉の発言に驚いている間、三人がそれぞれの反応を見せる。

 姉さんは首を傾げるし、佐倉は意味深な笑顔を浮かべるし、綺紗羅は少し佐倉を睨んでいるし……まったく祝うという空気ではないような気がする。


「よ、よく分からんがとりあえずさっさと食おうぜ。冷めたら美味しくなくなる」

「それもそうですね」

「そうね、今はよしましょう」

「おっけー!」


 佐倉の願望にとりあえず合わせるように、俺は先に綺紗羅の対面へと腰を下ろした。

 続いて佐倉が意図を汲んで横に座り、姉さんが綺紗羅の隣に腰を下ろす。


「んじゃ、とりあえず―――」


 皆が飲み物をコップについだのを確認すると、俺は突き上げるように持ち上げた。


「乾杯!」

「「「乾杯っ!!!」」」


 リビングに甲高い音とそんな声が響き渡った。




 ―――やり直しした人生二回目。

 その道にある一日で、目の前の光景が広がった。

 いつも優しくしてくれた姉さん、背中を叩いて応援までしてくれた綺紗羅。


「ふふっ、美味しいですね、御崎さん」


 あとは、俺に笑顔を向けてくれる佐倉。

 一回目の人生では、こんな光景を目にできるなんて思わなかった。

 意気地なしで、暗くて、誰ともコミュニケーションが取れなくて、ずっと後悔していて。


 まだ、佐倉に並び立てられるような男にはなっていない。

 それでも、この光景が……いいや、俺の横に佐倉が座っているこの瞬間が何よりも嬉しい。


「そう、だな」


 いつか、佐倉に好かれるような男になりたい。

 だからこそ、二回目の人生———これからも頑張っていこう。


 そのための、青春リスタートだと思うから。

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