偶然出会ったのは

(※綺紗羅視点)


 ちょうど小さなスタジオを借りることができ、あれから私は葵と一日中練習をしていた。

 今日は事務所での稽古も仕事も学校も休みだというのに、我ながらよくもまぁ練習していたなと思ってしまう。

 それも役者に憧れがあり、目指した道だからかもしれないわ。そうでなければ続けてすらいないんだもの。

 それに—――


「ふふっ、葵といるのは楽しいわね」


 茜色の空が広がり始めた頃。

 私は自宅までの帰路を歩きながらふと思い出して笑ってしまっていた。

 この業界にいれば同年代の子はちらほら見かける。

 けど、決して全員が全員馬が合うわけではなく、仕事というワードが入っているからか中々仲良くはなれない。

 葵は私の中ではかなり仲がいい方だとは思う。

 話も合うし、ちゃんと私のことを見てくれるし、何より……葵自身が、演技に対して誠実で一生懸命だから。

 ま、まぁ、実力の差は痛感させられるんだけどね。


(やっぱり葵は他の子とは違う……)


 そう思っていた時だった―――


「あら、綺紗羅さんではないですか」


 ふと横を通り過ぎようとした車が停まり、車内から声がかかる。

 幼くてどこか大人びた美しい顔立ちに、茜色の陽射しを受けて輝く日本人離れした金髪。

 そんな女の子がこちらに向かって小さく手を振ってくる。


 とても見覚えがある。

 その子は───


「柊夜じゃない、どうしたの?」

「いえ、仕事の帰りにたまたま綺紗羅さんを見かけたので。よろしければ乗っていかれますか?」


 佐倉柊夜。

 私の幼なじみで、私よりも先に活躍して今人気沸騰中の若手女優。

 けど、嫉妬はしないわ。


「なら、お言葉に甘えさせてもらうわ」

「ふふっ、綺紗羅さんと一緒に帰宅、嬉しいです」


 ……実力差があるっていうのは分かっているから。

 人気になる理由も、売れる理由も、全てに納得がいっている。

 ただまぁ、少なからず劣等感は抱くことがあるけれど。

 もちろん、友人としては大好きよ。言うまでもなく、いい子だし。


(まったく、憎ませてくれない幼なじみって辛いわね)


 私は柊夜に促されて車へと乗り込む。

 まず先に運転してくれているマネージャーにお礼を言って、柊夜の横の座席へ腰を下ろした。


「仕事って言ってたけど、あなたも大変ね。明日からでしょ、高校の入学は」

「えぇ、そうですね。しかし、ありがたいお話なので文句は言ってられませんよ。周囲に迷惑がかかってしまいますし」

「……あなたといいあの子といい、歳相応さはどこに捨ててきたのかしら?」


 葵も同年代よりも大人びて見えるし、業界のことも詳しいし、本当に私の周りはどうなっているのか?

 社会人を相手にしている……って言われても不思議じゃないぐらいよ。


「あの子?」


 私の言葉に柊夜は首を傾げる。


「最近知り合った御崎葵っていう役者志望の男の子ね。その子もあなたみたいに大人びているのよ」

「私は別に大人びてなど……この喋り方にしていると、敵を作り難いのです。大人からは『礼儀正しい』と思われますし、同世代からは『落ち着いている』と思われますし」

「別に喋り方だけってわけじゃないし、そもそもその思考の時点で大人びているわよ」


 普通、この歳で社交性が綺麗に身につかないでしょうに。


「ただまぁ、それと……分からないっていうのはありますね」

「ん……?」

「ふふっ、なんでもありませんよ」


 柊夜は笑みを浮かべて、何もなかったかのように言葉を変えた。


「しかし、綺紗羅さんが下の名前で呼ぶほど男の子と仲良くなるとは……少し意外です。あまり異性を好まないようでしたので」

「確かにそうなんだけど、葵は他の子とは違うわ。話も合うし、私を見た目とステータスで判断しないし」


 まぁ、葵自身の見てくれが完璧だっていうのもあるかもしれないけど。

 ……無駄にかっこいいのよね。流石は御崎さんの弟って感じがするわ。


「へぇ……綺紗羅さんがそこまで言うとは」

「それに、葵は演技がめちゃくちゃ上手いの。今日もずっと教わってきたわ」


 葵も葵なりに練習になったみたいだけど、やっぱり教えるのは上手かった。

 技術力の高さを痛感させられてしまったけど、それでも自分が伸びているのだと感じさせる。

 他の人に対して言い方が悪くなってしまうけど、モチベーションも含めて葵に教わった方が上達するのは間違いなさそう。


「綺紗羅さんがそこまで言うなんて、その方は役者さんなのでしょうか?」

「さっきも言ったけど、役者志望よ。まぁ、この前一緒にCMを撮ってから色んなところに声がかかってきたみたいだけど、断ったみたいだからよく考えれば志望っていうのもおかしいわね」

「役者志望なのに断った?」

「お姉さんと同じ事務所に入りたいんですって。あぁ、そういえばあなたと一緒じゃない―――葵が入りたいところ」


 柊夜も御崎さんと同じで『フォルテシモ』に所属している。

 もし彼がお姉さんと同じところに入れば、柊夜と同じ事務所で働くことになるわね。


「それに、確か年齢もあなたと一緒よ。今日「明日から入学だ」とか嘆いていたし」

「そうなると、もしかしたら同じ学校の人かもしれませんね。ここら辺に住んでいるのであれば可能性が高そうです」

「どこの高校も明日でしょ、入学式。しかも、それだと私と同じ学校の後輩ってなるじゃない」

「ふふっ、あくまで可能性が高いというお話ですよ」


 柊夜が口元に手を当てながら上品に笑う。

 ……こういう顔を見ると同性でもドキッとしてしまうから、柊夜の綺麗さにも困ったものだわ。


(けど、そういえば葵の入学先を聞くのを忘れていたわね)


 柊夜は私と同じ高校に通うらしい。

 もし、柊夜が言うように同じ学校だとすれば後輩ってことになるわ。


(そ、それもそれで悪くないわね……)


 どうしよう、少し明日が楽しみになってきたわ。

 まだ同じ高校だなんて決まったわけじゃないのに。


「ですが、綺紗羅さんがそこまで言うのであれば一度お会いしてみたいですね……本当に」


 柊夜が何か言ったような気がする。

 けど、私は考えてしまった可能性に内心浮ついてしまっていて……上手く聞き取れなかった。

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