鬼になっても、君を見つけたい
───俺はどうしても佐倉の力になりたい。
だが、これが善意や正義感からきているものではないのは分かっている。
何せ俺はヒーローでも赤穂浪士でも、ファンタジーに出るような英雄でもなんでもないからだ。
ただ、好きな人が困っているなら助けてあげたくて。
苦しんでいるのであれば手を差し伸べてあげたくて。
あの時、あの言葉は決して無視していいようなものではないような気がした。
ここで動かなければ一生後悔することになると思ったし、背を向けて歩いても一生横に並び立てないと思って。
考えた。
考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて。
こうして俺が思いついたのが―――
『分かってるだろ、お前も。俺だけじゃない……お前は誰とも違う人間だ』
この撮影で、佐倉柊夜という女の子を刺激する。
佐倉の想定にないアドリブで、彼女の心に触れられるよう刺激すること。
本当は私生活で行った方がいいのかもしれない。今何かを起こせば周囲に迷惑をかけることになるし、俺自身の評価が落ちて可能性だってある。
だけど、それじゃあダメなんだ。
周囲に見せる顔が望まれる役として佐倉柊夜を作っているのであれば「演技をしている」とハッキリ佐倉が認識している時でなければならない。
もし、ここで佐倉が自分自身の感情を見つけることができたら?
演技ではない、演技していない。演技していない時に勝手に沸いた感情が自分だと、演技と素の強弱をしっかりと把握できるはず。
ふと湧いて懐かしまれるだけじゃダメなんだ。
違いをハッキリ認識し、
だからこそ、曲げるな―――アドリブとして成立しつつ、佐倉を揺さぶれ。
(ここしかない……ここから俺は動く)
クライマックスに向かう前だからこそ、佐倉を揺らせる言葉を作れる。
周囲はイカせると判断し、俺の演技を止めることなどしない。
止めなければ、佐倉を逃がさなくても済む。
『周りの顔色に合わせて、周りの望む行動をして、周りから好かれる姿をして……そんなお前から出た言葉なんて、全部空っぽだ』
なんでもいい……なんでもいいんだ。
喜怒哀楽という言葉のどれに当て嵌まってくれれば全て構わない。
喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだり。どれか一つでもこの瞬間に表に引き出すことができれば―――それが一人の女の子である
『ど、どうしてそんなことを言うの……?』
これは佐倉柊夜の言葉か? それとも、周囲が望む佐倉柊夜か?
まだ、見分けがつかない。
アドリブだというのに、茜というキャラクターが動いているように見える。
『私、何かした?』
『何もしてない。何かをしているようで何もしていないから、俺は腹が立つんだ』
こんなこと、俺だって言いたくない。
外側の佐倉が大好きなんだ。大好きだからこそ生まれ変わってもう一度並び立とうと思ったんだから。
でも、それだと君が苦しんでいるままだから。
(お節介なのは分かっている。俺にこんなことをする資格も立場も何もないってことも)
佐倉はこんなことなど望んでいないかもしれなくて、傷ついてしまうかもしれなくて。
だが、聞いてしまったからには背を向けていつもの日常に戻ることなんてできるわけがないに決まっている。
……もしかしたら、俺が好きなのは周囲が好きな佐倉柊夜で、本当の彼女は好きにならないのかもしれないけど。
(……馬鹿か、俺は)
どんな性格であっても、佐倉は佐倉だ。
『喋るな、何もするな、偽善ぶって手を伸ばそうとするな―――空っぽのお前に何を言われても惨めに映るだけだ。俺も、お前も』
だからこそ、俺は見つけてあげたい。
『好かれたいだけなら勝手に一人で鏡でも見てろ……この
いつか、君の本当の笑顔が見てみたいから。
その隣に立っているのが俺じゃなくてもいい。君がこの先の人生幸せなら……苦しんで泣かないでいてくれるなら、俺は鬼にでもなんにでもなってやる。
『……ぃ』
そして—――
『うるさいッッッ!!!』
茜というキャラクターにも、佐倉柊夜にも似合わないような怒声が一瞬空間を支配した。
(……ッ!)
俺は思わず内心で息を飲む。
何せ、目の前にいる少女はいつの間にか瞳に涙を浮かべ、忌々しそうにこちらを見つめ、震える拳を抑えながら唇を噛んでいたのだから。
(ようやく見つけた)
今まで俺がどれだけ君を追いかけていたと思っている? 流石に、これだけは確実に違った。
この顔が茜としてではなく、佐倉柊夜としてのものでもないのは先程の
あぁ、これがきっと……
でも―――
(……分かっていたことじゃないか)
胸が痛い。
罪悪感で今にでも首を吊りたい。
ナイフで突き刺され、そのまま抉られたように佐倉の表情が深く刻まれる。
泣いてもいいのなら、きっとすぐに泣けるだろう。
それほど……辛い。
そう思っていると、監督の声が響き渡った。
「はい、カットォ!」
ふっ、と。俺の中で糸が切れる。
「じゃあ、今日はお疲れ様! いやぁ~、いきなりアドリブぶち込まれた時はどうなるかと思ったけど、シーンにも合って雰囲気出てた! ね、そう思うでしょ!?」
監督が興奮しきった表情で周りにいる人間に同意を求める。
周囲もそれに同調し、一時ばかしざわめきが現場に広がっていった。
だが、目の前の少女はすぐさま背中を向けて出口へと向かっていく。
「……す、すみません、お先に失礼します」
―――ここが終われば、今日は佐倉と一緒に撮ることはない。
そういうシーンで終わるし、佐倉はこのあと別の番組の予定が入っている。
やるべきことは終わった。
込み上げる罪悪感で潰されそうになるが、一人の女の子としての彼女がようやく見られたような気がする。
……十分な成果じゃないか。
また今度、チャレンジして佐倉に境を見つけてあげればいい。
それが『喜』でも『楽』でもなくて、『怒』や『哀』だったとしても。
けど―――
(追いかけ、なきゃ……)
自分のしでかしたことに対するツケは払いに行かないと。
たとえ、佐倉に嫌われると分かっているとしても。
俺は彼女の姿が扉の向こうに消えたのと同時にその後ろを追いかけた。
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