あの時、君がしてくれたように
佐倉と夜に公園で出会ってから翌日。
いよいよクランクアップの日がやって来た。
「おはようございますー!」
姉さんのとりあえずお高くて目立ちまくる外車で送ってもらい、俺は現場へとやって来ていた。
今日は主人公である茜と瑛士が想い結ばれるシーンを撮る。
紆余曲折、互いにすれ違い、想いを吐露し合ったあと、林檎の謎を解決してハッピーエンド。
そして、そのあとに行われるのが屋上での告白シーン。
そこで、作品は綺麗に締めくくられる。
物語のクライマックスという部分だからか、現場の空気はとても重いように感じた。
「あ、御崎さんじゃないですか」
現場に入ると、すぐさま椅子に座って休憩していた楪さんの姿が映った。
ちゅるちゅるとウィダーを啜っている姿はなんとも可愛らしい。
「おはよう、楪さん」
「おはようございます……って」
挨拶をした時、いきなり楪さんが立ち上がった。
そして、そのまま顔を近づけてマジマジと俺の顔を覗き込む。
「……何かありました?」
「またそれか」
「いいえ、この前とは違ってですね。なんかスッキリしたような感じがしてるんですけど、無事に解決できたんですかね?」
本当にこの人は鋭すぎる。
特に何もしていないというのに、出会ってすぐに分かるとは。
その鋭さと勘のよさが少し羨ましいと思ってしまう。
「そう、だな。無事に解決できたよ」
「ならいいんです。まぁ、佐倉さんを見た時点で薄々分かっちゃいましたけど」
そう言って、楪さんは再び腰を下ろして視線を前に向けた。
借りた校舎のスタジオ。その一つの教室の中では俺を除いた生徒会役のメンバーと佐倉の姿がある。
予め聞かされていたが、よっぽどのことがなければ最後に俺と佐倉のクライマックスシーンを撮って撮影が終了するとのこと。
だから俺は遅れた時間に来た。しかし、もうすでに撮影は始まっていたらしい。
「……ありがと」
「何がです?」
「心配してくれて」
俺は楪さんの姿を見ることなく口にする。
すると、彼女もまた顔を向けることなくそのまま小さく呟いた。
「どういたしまして、です」
てっきり「あなたのためとかじゃなくて佐倉さんが心配だっただけです」とか言われそうだと思ったのだが、そのような言葉は出てこなかった。
それだけ純粋に俺のことを心配してくれていたのだろう。
(ほんと、いい人だな……)
思わず口元が綻んでしまう。
綺紗羅然り、楪さん然り、生田さん然り、俺はいい人に恵まれすぎている。
リスタートしてから、こういう人達と巡り合えたのは何物にも代え難い恩恵だろう。
死んでしまったことに悔いはないが、それ以前に誰が起こしてくれたか分からないタイムリープへの感謝が募りまくってくる。
「はい、カット! 皆さん、お疲れ様でしたー!」
そう思っていると、そんな声が響き渡った。
お疲れ様でした、と。口々に色んな人が言い、キャストの皆が部屋からゆっくりと出てくる。
榊さん、堀さん、生田さん、東堂さんが姿を現した。
そして、その中には—――
「おはようございます、御崎さん」
主演の茜役である佐倉が俺の姿に気がつき、少し速足でこちらまでやって来た。
「あぁ、おはよ―――」
「お疲れ様でした、佐倉さんっ!」
俺の言葉を遮るように楪さんが立ち上がって佐倉に駆け寄る。
加えて、きっちり俺と佐倉の間に割って入っ……やめろ、そこを退け。佐倉の違う制服姿を生で見られるのは今日が最後なんだぞ。
「ふふっ、ありがとうございます」
……佐倉はいつも通りだ。
お淑やかな笑みを浮かべ、寄ってくる楪さんにかける言葉も落ち着いたもの。
昨日の姿からは想像ができない。
あれから……何も変わってないのだろうか?
「すみませーん、リハ始めまーす!」
少し不安に思っていると、そんな声が聞こえてきた。
「早くないですか? さっき撮り終わったばっかですよね? Vチェックすっ飛ばしてません?」
「私がお願いしたんですよ。今私、とても調子がいいので。できればこのまま続けたいんです。そしたらきっと、いいものが撮れます」
「へぇー、佐倉さんでもそういうの感じる時があるんですねー」
意外だ、と。呟いた楪さんは佐倉から距離を取った。
一方で、佐倉は離れた楪さんの横を通り過ぎて俺の横へと並んでくる。
「では行きましょうか、御崎さん」
「……あぁ」
最後の撮影場所はここの屋上だ。
見晴らしもよく、二人きりでよく映える場所。
クライマックスシーンには持って来いのところで、原作でもしっかりと屋上風景が描かれていたのを覚えている。
「……御崎さん」
横を歩く佐倉がふと俺の顔を見上げてきた。
「お願い、してもいいんでしょうか……?」
何を? と。一瞬聞き返したくなった。
だがこの発言が昨日のことに関わっているのだとすぐに分かる。
何せ、佐倉の表情が少し不安そうなものであったから。
「大丈夫だ」
それに反して、俺は胸に込み上げてきた不安が消えていった。
佐倉は忘れてしまったわけではない―――ただ、皆がいる場所だから装っていたのだと、今の顔で理解したから。
「俺に任せろ」
本当なら頭でも撫でたり、気の利いた言葉でも投げて安心させてやりたい。
だがこんな往来で、人の目がある場所でそんなことができるわけもない。
「では厚かましいかもしれませんが……期待、していますね?」
故に、俺ができることは―――
♦♦♦
「では、よーい……!」
カンッ、と。乾いた音が澄んだ青空の下に響く。
リハーサルも終わり、クライマックスの告白のシーンが今始まった。
『ねぇ、瑛士くん……どうして私を呼び出したの?』
屋上の入り口から現れた佐倉の開始一言目。
全てを解決したあとだ、ここは不安も何もない単純な疑問でセリフを入れる。
今の佐倉は確かに……ノっている。
先程見せた不安そうな表情は何処にいったのかと、疑問に思ってしまうほどに。
表情、声のトーン、さり気なく髪を押さえる動作。それらが今までよりも上手くカメラに収まっている。
アスリートが試合中にボルテージが上がっていくのと同じ。
気を抜けばどの仕草でも目が追ってしまいそうだ。
(でもな、佐倉……)
ノっているのがお前だけとは思うな。
俺だって、これ以上にないぐらい……調子がいい。
何せ―――
(君を助けられるのが俺だって、分かったから)
なんて言えばいいんだろう。
この高まる高揚感と募る彼女に対しての想いが言葉に表せない。
あの日、あの時。
君が俺にしてくれたように。話しかけてくれたことで俺が救われたように。
(今度は、俺が……)
最後まで責任を取る。
佐倉柊夜を、見つけてみせる。
『……茜』
さぁ―――
『君に、伝えたいことがある』
ついて来い、佐倉。
もう一段階、レベルを上げるぞ。
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