第37話『夕日と作業台』

 部屋に帰って、コリンは さっそく、洋服ダンスと銘打めいうったバスケットの中身を ひっくり返していた。ふだんの、瑠璃紺色るりこんいろのスチュワートの制服以外にも、メル⁼ファブリに作ってもらった服がいっぱいあるのだ。

「どこにやっただろう? 」

 整理整頓が苦手なコリンは、ぐちゃぐちゃに詰め込まれた中をあさる。掴んでは、「ちがう」と放り投げ、掴んでは、「ちがう」と放り投げ、底に到達しようかという時。

「あった! 」

 一着の、コリンの ちいさな体からしたら巨大に見えるシャツに行き着いた。それは、コリンが汽車に乗って来た時に来ていた洋服だった。

 砂の精のせいで、ところどころ破け、茶色く汚れ、鼻血が散っていた。お世辞にも綺麗と呼べない服だ。

 コリンは泥だらけのシャツを小脇に抱えると、部屋を飛び出して行った。


 メル⁼ファブリも天井中から ぶら下がった生地の森を探索していた。

 ピンク色のドットを見つけ、「これじゃない」。水色のストライプを見つけ、「これじゃない」──リネンの生地……「これじゃ! 」

 メル⁼ファブリは薄茶色い生地を巻き取ると、作業台に急いだ。と、部屋の扉がノックされた。

 開くと、コリンが立っていた。

「ミスター・ファブリ。いま忙しい? 」

 忙しい、答えようとして、コリンが脇に抱えた物を見つけた。

「それは何じゃ? 」

 質問すると、コリンは恥ずかしそうに、シャツを広げた。

「これを、いまの僕のサイズに縫い直して欲しくて来たんだ。できるかな? 」

 メルファブリは汚れきったシャツと、コリンの顔とを見比べて、うなずいた。

「もちろんだとも」


 パタパタパタパタ……規則正しく、ミシンが回る。

 メル⁼ファブリに勧められたクッションに座りながら、コリンは いつの間にか うたた寝をしていた。夢を見ていた。それは、いつか見た夢だった。


 エーファとムルトとの結婚式。コリンは客として、参加していた。コリンの隣にはキーラがいて、ふたりで花嫁姿のエーファを見上げていた。

「おめでとう」

 コリンが、エーファに言う。

「おめでとう」

 キーラも祝う。

「ふたりとも ありがとう」

 エーファが、涙目でコリンたちを見る。

「私、ふたりに祝ってもらって、とっても幸せよ」

「うん」

 コリンは頷く。涙を溜めて。流さないように努めて。

「幸せになって」

 絞り出す。キーラが、コリンの腕に触れる。

 キーラと目が合う。キーラは、おおきな目から涙を ぽろぽろ 流している。

「エーファ、とっても綺麗だわ」

 親友に精一杯の笑顔を向ける。

 叶った恋、叶わなかった恋、集落のしきたり──そんな複雑で難しいものは、その場になかった。生まれてから ずっと一緒に育ってきた幼馴染が3人、いるのみだった。


 「コリン、コリン」

 体を揺すられ、コリンは目を覚ました。

「泣いて、どうしたのじゃ? 」

「は、へ? 」

 言われて指で目を擦ると、大粒の涙が引っ付いてきた。

「夢を見てたんだ」

「夢か? 」

「うん」

 コリンは首を上下にやる。

「結婚式の夢。エーファと、ムルトさんの。僕とキーラは お客さんで、エーファを見ていた。綺麗だったなあ。3人で泣いちゃってね。でも、悲しい涙と違ったんだ。嬉し涙とも違うんだけど、でも僕たち、これから変わっていくけど、ずっと、関係は変わらないで欲しい、ずっと仲良しでいようねって、泣いてたんだと思う」

「そうだったのか」

 ロバ頭の老妖精は、目を細めた。そして、「頼まれていた物、できたぞ」と言うと、目の前で広げて見せた。元のシャツを、そのままコリンの背丈に似合うように縮めたような、完璧な出来だった。

「泥まみれじゃったからな。ミシンに絡まるといけないから、洗い流してしまったが、よかったかのう? 」

「うん」

 コリンは ちいさくなったシャツに飛びついて、ぶんぶん と首を上下に振った。

「すごいよ、ミスター・ファブリ! ありがとう! 」

 礼を言うと、さっそく、袖を通した。

「もう行くのかの? 」

 メル⁼ファブリが問う。

「うん」

 コリンは頷く。

「汽車に戻って来なくちゃだからね! 」

「そうかの」

 本当に ありがとう、行ってきます! コリンはメル⁼ファブリに騒がしく挨拶をすると、部屋を飛び出して行った。

「忙しい子じゃな」

 駆けてゆく足音を聞きながら、メル⁼ファブリは微笑んだ。

 四六時中閉じっぱなしのカーテンの隙間から、夕陽に染まる森を見る。

 ミシン台の上には、リネンで作ったドレスが1着。

「ワタシも、行かなければな」

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