第13話『ひろい世界とせまい関係』

 赤い髪の毛を手拭いで隠したアントワーヌを先頭に、ポニーになったコリンとコリンの首にぶら下がる鈴のメル⁼ファブリ、黄色い金髪をリボンで ひとつまとめにしているレア、褐色かっしょくの美しい肌をストールで包み込んでいるゾーイ、リクの順に、一行は進んでいる。

「痛っ! 」

「大丈夫、リク? 」

「また枝につまずいちゃったよ、これで5回目! 」

「本当に険しい道だわ! この先に本当に町があるのかしら」

 レアが言う。

 女性たちは非常に おしゃべりだ、とコリンは思う。汽車で働くリクとレアは特に喋る部類だけど、大抵の女性は大抵にして おしゃべりだ。いることいらぬこと ペチャクチャ 喋る。そんなに喋ってて、毎日よく話題に困らないな、と感心するほどだ。

 エーファも よく喋る女の子だった。コリンとエーファ、キーラと3人で遊ぶ時は、ほとんどエーファが喋っていくらいだ。恐らく、コリンとキーラの口数を合わせてもエーファには及ばなかったと思う。コロコロコロコロ 忙しなく喋って、コロコロコロコロ 可愛らしく笑っていた。

「エーファ……」

 ふとコリンが呟いた時だった。背の高い木に遮られていた視界が急に晴れ、眩しい光が ドッと射した。林道を抜けたのだ。

「わっ! わわっ! すごい! 」

 すぐ左隣からリクの声が聞こえてきた。

 リクの指差す方向を見ると、「あっ──」幾日幾夜と夢見た、懐かしの景色があった。

黄金色に枯れた草原の向こうに見えるのは、ぽつり と浮かぶ湖だ。白い空を落とした大地の恵みは、秋風に吹かれ かすかな細波さざなみを立てている。右手には小高い丘が いくつも連なっていた。

「これは、すごいね」

 目の前の光景を キョロキョロ 見渡しながら、ゾーイが言った。

「大自然って言ったら、今まで何度か見てきたけど、ここは別格ね」

 と、レア。

「このまま まっすぐ行けば、集落に着くよ──」

 自分の感情を飲み込めないまま、コリンが言葉を吐いた。

 カランカラン と、メル⁼ファブリが鳴った。

「とにかく進むぞ」

 アントワーヌが持ち前の冷静さで言い、コリンの手綱を引く。

 ふたたび一行は歩き出した。

 ジメジメ した林道を抜けたはいいが、相変わらず地面は湿り、足を取られる。それに今は視界が良い。すこし努力すれば遠くまで ずっと見渡せるだろう。ということは逆に、こちらも誰かに目撃される可能性があるのだ。いくら お人好しで お間抜けなコリンの出身地だからと言って、全員が全員 友好的だとは限らない。

「それに、コリンの生まれは集落だとか言っていたな? 」

「そうだよ。ちいさな、集まり」

「ちいさなコミュニティは を嫌う傾向にある。いったいどんな目で見られるか……」

 アントワーヌは言って、深い溜息を吐いた。

「確かに、私たち、いかにも“変”」

 ゾーイが大袈裟なジェスチュアで言う。

「パッと見ただけでも、みんな違う国籍だってわかるもの」

「コリンが何時代の人かって言うのも、分かってないものね。アイルランドの人たちって、今では英語が伝わるけれど、ずっと昔は そうじゃなかったって聞くわ。まったく言語が通じなかったら どうしましょう」

 レアが続ける。と、リクが「あれ? 」と首を傾げた。

「コリンの故郷に停まったことないの? 」

「たしか、停まったはずだよ」

 ゾーイが答える。

「でも当時は、こんな風に停車駅ごとに降りるなんてしなかったんだよ」

「でも扉は開いたわよね? 」

 今度はレアが尋ねた。

「コリンが乗ってきたのって、その時だったかしら? 」

「違うよ」

 ノソノソ 地面を踏みしめながら、コリンが答えた。

「きのうも話したでしょ? 僕は“トニ”に連れられて、この汽車に乗って来たんだって」

「“砂の精”にだ」

 聞き捨てならないというようにアントワーヌが口を挟んだ。

「じゃあ、どうして扉が開いたんだろう? 」

 ぽつり とリクが言うと、メル⁼ファブリが カランカラン 鳴った。

「あ! そうよ! 」

 思い出した! とレアが声を上げる。

「扉が開いた時、私が対応したんだったわ! そうよね、メリィ。アナタが乗車してきたのよ! ちょうど昼間よ! 」

「ってことは──」

 コリンは、自分の首に ぶら下がる鈴を見て言った。

「僕とミスターファブリは、同じ所から来たってこと⁉ 」

 メル⁼ファブリが カランカランカラン と大きな音で鳴った。

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