第34話『告白と悟り』

 ここは無番汽車の中。サロン室。 

安楽椅子にアウトドアチェア、社長椅子にダイニングチェア、ラウンジチェアなどが乱雑に置かれている部屋の中心で、アダムが聞く人をうっとりとさせるピアノを弾いている。

「で、反抗って、なにに反抗してたんだよ」

 人間の姿に戻ったコリンにたずねた。

「結婚に、反抗してた」

「結婚って、さっき言ってた、エーファとムルトって人たちのか? どうしてキーラが反抗すんだよ」

「それが──……」


 「私にもね、許嫁いいなずけがいるの」

 一行を見上げて、キーラが言う。

「コリンって言う、ちょっとドジな男の子。知ってるわよね? きのう、道案内をしていた」

 一行は横目でコリンを見ると、コクン とうなずいた。

「私、コリンと結婚するのよ」


 「へえ。並行こっちの世界では、エーファじゃなくて、キーラと結婚することになってたのか」


 キーラは恥ずかしそうに言うと、目を湖の方へ向けた。

「コリンのことは、嫌いじゃない。生まれた時からずっと一緒だったし、なんでも知ってる。むしろ、コリンと結婚するってなって、私、嬉しかった」

 キーラからの告白に、コリンは思わず耳を立てた。

「きょうはエーファの結婚式でしょう? もう少しして、コリンが誕生日を迎えたら、私たちも結婚する。待ち遠しい、そう思うのが ふつうでしょ? 」

 でもね、と、キーラは続ける。

「私は、嫌なの」


 「どうしてだ。コリンのこと好きっつってたんだろ? 」


 「長い人生の中で、一瞬だけ出会った、あなたたちだから、言うわ。私ね、正直に言う。私、簡単に言っちゃえば、嫉妬しっとしてるのよ」


 「嫉妬? 誰にだ? 」


 「私、エーファに嫉妬してるの。おかしいって顔しないで」

 首を傾げる面々に、キーラはムキになって言った。

「コリンはね、エーファのことが好きなの。それで、エーファも、コリンのことが好き」

 馬のコリンが頷く。

「両思いなのよ。ふたりとも、言い合わなかったけど、お互いに気がついてると思うわ。でも、集落の規則のために、ふたりは結ばれなかった」

 溜息を吐き、キーラは首を振った。

「コリンを好きなエーファはムルトと結婚し、行き場を失ったコリンは、、私と結婚する」


 「“しかたなく”じゃねえだろ、集落の決まりなんだからよ」


 「私は、それが悔しくて。コリンは、“いちばん知ってくれてるキーラと結婚できて嬉しい”って言うけど、でも、顔は、そうは言ってないのよ。悲しそうな顔をしてるの」


 「確かにコリンは顔に出過ぎるもんな。もっとポーカーフェイスを覚えろよ」

「アディに言われたくないよ! 」

「それで? 」


 「エーファがコリンへの気持ちを抱いたまま結婚するように、コリンもエーファへの気持ちを押し殺して私と結婚するの。私の横に、エーファの幻想を見続けるのよ。私のことは、たぶん、一生見てくれない。そんな相手と、結婚するの。だからね、きょうの結婚式、あげさせたくないのよ」

 キーラは、たまに、言葉をつまらせながら、しかし、笑顔で言った。

「だって、きょうの結婚式が終わったら、エーファもコリンも、すっぱり諦めなくちゃいけなくなっちゃうじゃない! だから、たった一日でも引き伸ばしてあげたいの。夢の時間を。そして、私に対しても、心を決める最後の準備をしたいのよ」


 アダムのピアノは すっかり鳴り止んでいた。

「そのあと、どうなったんだ? 」

「帰ったよ。でも、結婚式は翌日に延期になった」

 そりゃ、そうだよな。と、アダムは言って、「で? 」と続けた。

「どうして、それを俺に伝えに来たんだ? いつもなら俺から逃げるじゃねえか」

「どうしてだろう? 」

 コリンは首をひねった。

「なんとなく、話しやすかったから、かな? ちょうどよく ひとりでいたし」

「なんだよ、それ」

 アダムは言うと、呆れたように溜息を漏らした。

「アディはさ、恋、したことある? 」

「ここにきて恋バナかよ」

「“恋バナ”? 」

 コリンが鸚鵡返おうむがえしにする。

「リクが言ってたんだよ。レアはいつも“恋バナ”するってよ。『恋の話』の省略らしい」

「なるほど」

 素直に納得するコリンを見て、アダムは ぷ と噴き出し、「そうだなあ」と視線を宙に彷徨さまよわせた。

「そういや、したことねえかもな。恋」

「ほんとう⁉ 」

 安楽椅子で ぷらぷら していたコリンだったが、思わず立ち上がってしまった。

 一方でアダムは、なにを大袈裟な、と、ムスッ とコリンを横目で見た。

「人には いろいろ あんだよ。働いて、恋愛して、結婚してってのが ふつうじゃねえ人生ってのも、たくさんあんだ」

「いろいろあるんだね」

 ごめん、とコリンは また安楽椅子に腰掛けた。

「謝る必要はねえけどさあ」

 でもよ、と、アダム。

「俺のことはいいとして、コリンはどうなんだ? 」

「へ? 」

「キーラって子は、コリンのこと好きなんだろ? 」

「え、ま、まあ、そう、だね」

 改めて言われて、コリンは ちぐはぐ答えた。アダムは「ち」と舌打ちする。

「こっちのコリンじゃねえよ、コリンの方! むこうは どんな感じなんだ? エーファを引きってる感じなのか? 」

「うーん」

 コリンは、昼間のコリン青年のことを思い出した。エーファの結婚を祝うコリン青年は悲し気で、心からエーファとムルトの結婚を喜んでいるようには思えなかった。

「そうだね。むこうの僕は、確かにキーラの言う通りの状態だったよ」

 視線を落として、溜息を吐く。

「前にキーラのこと話したことあるでしょ? 僕とエーファより、ずっと大人で、気難しくて、強い人」

 でも違った。

「キーラだって僕と同じくらい嫉妬して、僕と同じくらい悩んで、僕と同じくらい友達思いで。でも、その気持ちを周りに悟らせないように、大人びて見せようと、強く見せようとしてた、ただの女の子だった──キーラは冷静で冷たそうに見えて、誰よりも僕たちを見てくれていたんだ。今回の反抗も、僕たちを想ってしてくれてた……」

「もしかしたら」

 アダムが言う。手は、またピアノの鍵盤を弾き出していた。

「キーラも、気がついて欲しかったんだろうよ、コリンに。“自分は ふつうの女の子だ”って。だから、コリンが元いた世界でコリンのことを無視してみたり、この世界で反抗してみたりしてたんだろうな」

「そうかもね」

 コリンはキーラのことを考えて、ふふっ と笑みがこぼれた。

「どうしたよ」

 突然笑い出したコリンに、アダムが眉をひそめて尋ねた。

「うん。キーラも、僕と一緒だったんだって思って、安心しただけ。僕だけが、ずっとずっと弱くて、ずっとずっと子供だと思ってたからさ」

「まあ、ずっとキーラよりかはガキだろうな」

 言うアダムの表情も、コリンに釣られて穏やかになっていた。

 コリンは また ふふっ と笑って、ふと、アダムの弾く曲に耳を傾けた。

「それ、なんて曲? 」

 アダムが顔を上げる。

「ショパン、ノクターン12番」

「僕さ」

 コリンが静かに言う。

「僕、アントワーヌのところに行ってみるよ」

 決意のこもった表情に、アダムは ゆっくり頷いた。

「ああ、行ってみろ」

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