第35話『懺悔と足音』

 キーラを集落へ送り届けたあと、メル⁼ファブリも汽車に戻っていた。

「よかったのか? 」

 アントワーヌの部屋の扉を開くや否や、尋ねられた。

「ワタシを呼んでいた人間には会えたのでな」

「そうか」

 アントワーヌはメル⁼ファブリの言葉に短く相槌あいづちを打つと、衣装ダンスから派手な色のネクタイを引っ張り出して、慣れた手つきで首に巻いた。「で? 」

「それなら、どうして俺の部屋に来た? 」

「感謝を伝えに来たのじゃ」

 メル⁼ファブリは答えた。

「感謝? 」

「日頃の感謝じゃ。ワタシに仕事を与え、ワタシの服を着てくれている」

 ワタシに名も与えてくれた。

「アントワーヌ、お主はワタシの恩人じゃ。その感謝を伝えに来た」

「恩人か──」

 メル⁼ファブリが作った臙脂色えんじいろのスーツに身を包むアントワーヌは、言葉を繰り返すと、ベッドに腰掛けた。脚を組み、頬杖ほおづえをついて、メル⁼ファブリに視線を向ける。

「なら、どうして黙っていなくなった。恩人だというくせに、礼儀れいぎはなしか? 」

 問われ、メル⁼ファブリは耳を畳んだ。黒目がちの目を パチパチ しばたたかせて、うつむいた。「申し訳ない」

「言うべきじゃった。しかし、鈴だったゆえ、言いだそうとも、言えなかったんじゃ」

「違う」

 メル⁼ファブリの言い訳を、アントワーヌは食い気味に制した。

「お前は最初から すべてを分かって計画していた。コリンに、あいつの時代に停まると言ってけしかけ、アダムの持つ〈衣装箱〉をタンスの中から引っ張り出させた」

 あいつが〈プーカの衣装箱〉を持っていることは、リーレルたちが知っていたからな。

「いちばんの疑問は、なぜ、俺に相談しなかったのかということだ。汽車が呼んでいたのがコリンではなく お前であったと最初から知っていたなら、俺はリスクを抱えてまでコリンを汽車から降ろさなかった。他の奴らに探索に出掛けさせ、お前も解放してやった。妖精である お前を汽車にしばる理由なんて ないからな」

「まったくもって、その通りじゃ」

 メル⁼ファブリは深く頭を下げた。

「たしかにワタシは、コリンを そそのかすようなことをした。妖精らから、呼ばれているのはワタシじゃと言われておったのに、黙っておった。アダムが〈衣装箱〉を持っていることも、知っておった。それもアントワーヌ、お主の言う通りじゃ」

 じゃが。メル⁼ファブリは顔を上げて、アントワーヌを見た。

「ワタシは、目的を果たす気はなかった。黙ってお主らから離れる気も。ただ、故郷が見たかっただけなんじゃ。それはコリンも同じ気持ちであったろう」

「故郷を見て、心が変わったと? 」

「情けないが、その通りじゃ」

 メル⁼ファブリは再び、視線を下げた。

「故郷を見て、森を見て、ふと、ワタシを呼んだ人間に会ってみたくなってしまったのじゃ。かつて住んだ巣に帰れば、答えがわかるような予感がした。その直感にとらわれ、いても経ってもおられなくなってしまった。迷惑をかけて、申し訳なかった」

じゃが、お陰で、もう悔いはない。また、衣装係として ここで働かせてもらいたい。

 そう言ってこうべを垂れる老妖精を前に、汽車の指揮官は相変わらずの表情でいた。壁にかかった丸い時計を見上げると、未だに顔を上げないメル⁼ファブリに声をかけた。

「汽車の出発時間はいつと言っていた? 」

「今回は丸3日、明日の午前1時頃と──」

「そうか……」

 頷いたきり黙ってしまったアントワーヌを、メル⁼ファブリは そっと見上げた。

 なにを考えているのだろうか? アントワーヌはメル⁼ファブリの背後に位置する扉を じっと見つめている。

「アントワーヌ──? 」

 尋ねようとした、その時だった。こつん こつん。こちらに迫って来る、足音が聞こえた。

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