第21話『忘却と記憶』

 メルがいなくなった。コリンから報告を受けて、汽車の指揮官アントワーヌは弾かれたように立ち上がった。

「一緒にいただろ。お前の首に下がっていたはずだ」

 12時間が過ぎ、すっかり人間の姿に戻っていたコリンに向かって言う。

「たしかに、ずっと一緒だったんだよ……」

「ならどうして見失う」

「きつい言い方やめなよ」

一行の中で最年長のゾーイが、アントワーヌに注意する。

「メリーに注意を払ってなかったのは、私たちだって同じでしょう? 私たちだって、コリンの首にぶら下がってるもんだと思ってたじゃない」

「それは」

 そうだが……アントワーヌは溜息を吐くように言った。ボロ着の胸元を払って、コリンに向き直った。

「いつ、いなくなったと気づいた」

 今度は落ち着いた、穏やかな声だった。

コリンも深呼吸して、話す。

「最後にミスター・ファブリを見たのは、宴会の会場で。こどもたちと遊んでた時に、しきりに カランカラン 鳴っていたよ」

「それ、私も見てたわ! 」

 レアが手を上げて言う。

「不自然なくらい鳴ってたのよ。気づかれないかしらって ドキドキ しちゃった」

「あいつ……」

 アントワーヌは首を振って、「それで? 」とうながした。

「ショーの最中はいたのだろう? 」

「ショーの最中──」

 コリンは記憶を辿たどる。ショーの最中……ショーの最中……

「あ」

 声を発したのは、コリンではなく、リクだった。

 若い炭鉱婦は、こめかみを指で押しながら、みんなを見渡した。

「いない。いなかった……! いなかったよ、トニ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る