第20話『森の中と行方』

 カラン、カラン、カラン、ドスン。


 上機嫌に転がっていたメル⁼ファブリだが、ふいに変身が解けて地面に投げ出された。

 目的地までまだ すこし距離はあるが、変身が解けたのが森の中で良かった。メル⁼ファブリは思った。

 とつぜん飛び出してきてしまって、アントワーヌたちは心配するだろうか。ひと言かけてくればよかった。と思ってすぐ、口のない鈴に何を伝達できただろうか! と考え直した。

 目の前で カランカラン と鳴って動き出せば、きっと汽車の一行は どうしたのかとメル⁼ファブリを追って来たに違いない。メル⁼ファブリは “ひとりで”、ひっそり行動する必要があったのだ。

 人の気配がして、身をひそめる。よし、遠くへ行った。また歩きはじめる。

 月明りしかない、暗闇の林の中。舗装ほそうもされていない獣道けものみちを、メル⁼ファブリは自らの嗅覚だけを頼りに、奥へ奥へ進んでゆく。


カレには名前がなかった。

カレは一介の〈創作の精レプラホーン〉だった。

 妖精には おおきく分けて、3種類ある。小妖精、中妖精、大妖精だ。

 ピクシーのように体が ちいさく、群や家族と常に行動を共にする力の弱い妖精が、小妖精に分類される。一方、“砂の精”のように力が強大で数が少なく、常に単独行動をしているのが大妖精。そして、それ以外の半端者が、中妖精に振り分けられる。

 〈創作の精レプラホーン〉も、数多くいる“半端者”のうちの1匹なのだ。

 巣穴に隠れて物を作っていたり、どんぐりや石ころをコインに変えて人間に いたずらしたり、特にこれといった力を持っていない〈創作の精レプラホーン〉は、同じ中妖精のみならず、ジブンより格下のはずの小妖精からも馬鹿にされることが多かった。

 陽のあたらない穴倉で チクチク サクサク 愛すべき衣服たちをうだけ。静寂せいじゃくな穴倉で コツコツ カンカン 愛おしい靴たちをつくるだけ。誰も欲しがらない。いたずら妖精たちの いたずらの素材に利用されるだけ。〈創作の精レプラホーン〉の“作品たち”は、誰の腕も足も通さぬまま、ただ積み上がってゆくだけだった。

「ああ、誰か」

 〈創作の精レプラホーン〉は つぶやいた。

 誰とも言葉を交わさないから、ガラガラ になった声で つぶやいた。

「ワタシの作品を見ておくれ。着ておくれ。ああ、誰か……!」

 その時だった。


 「巣穴の天井が崩れ落ちたのじゃ」

 メル⁼ファブリは語った。

「ひとりの少女が、私の巣穴を壊したのじゃ」

「へえ。オジイサン、よくそれで無事だったね」

 ピクシーの ひとりが言った。

 この6匹組のピクシーたちは、の この場所に滞在している物好きらしい。いまは睡眠前の散歩中で、たまたまメルファブリに出くわしたのだ。

「で、なにか ご用かい? 出不精でぶしょうで無口な〈創作の精レプラホーン〉が“外の世界”で、そんで突然ボクらを呼び止めて、そんな長話してるんだもん。なにか あるんでしょ? 」

 リーレルたちと違いお人好しで、察しがよいピクシーは、メル⁼ファブリに尋ねた。

「その少女を探しておるのじゃ」

「おや、また どうして」

 ピクシーたちは目を まんまるにして質問した。

「呼ばれたからじゃ」

 と、メル⁼ファブリ。

「お主らも知っておろう、“あの汽車”の存在を──」

「“ボクらの汽車”のこと? 」

「そうじゃ。人間らの間では、“無番汽車むばんきしゃ”と呼ばれているのじゃがな」

 メル⁼ファブリの言葉に、ピクシーたちは「“無番汽車”? 変な名前っ! 」と笑うと、「ああ、なるほど」と続けた。

「人間が“汽車”を呼んでるって話は聞いてたよ」ここの妖精が騒いでたからね。「呼ばれてたのはオジイサンだったんだ! 」

 ピクシーたちは合点と言うように細く ちいさな手を打ち鳴らした。

「ここらに来ておらんか? 」

 メル⁼ファブリが尋ねると、ピクシーたちは体に見合わない おおきなはねを ぴん と伸ばした。

「来てるよ。ついてきて! 」

 そして、メル⁼ファブリを連れ、森の奥底へと飛んで行った。

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