第19話『宴の終わりと神隠し』

 うたげも終わり、コリンたちは ふたたびき木を囲んでいた。

「死ぬかと思ったわよ! 」

 レアが叫ぶように訴える。

「盛り上がっただろう」

 一方でアントワーヌは優雅にコーヒーを飲んでいた。

「私の顔の横をナイフが飛んだのよ! いえ、それはいい。まったく よくないけれど、演出だったのなら、それはいいの! 」問題は2投目よ! 「ノールックで投げたじゃない! 」

 すこしでも動いていたら どうするつもりだったのよ!

「それは動いた お前の責任だ。俺は言ったからな。信じて“動くな”と」

 レアは ムムム とほおを膨らませて黙ってしまった。確かに言われてしまっていたんだから言い返せまい。

「でもさ」

 そんな ふたりを気遣ったのか、慌ててリクが口を開いた。

「トニ、凄かったね! 」途中ちょっとだけ ドキドキ したけど「完璧だったよね! 失敗したことないって、本当だったんだ」

「ああ、はじめてにしては上出来だった」

「えっ」

「へっ? 」

 えっ、と従業員たちは顔を見合わせた。

「え、あのさ──」

 リクが ちいさく手を挙げる。

「あの、今、あの、“はじめて”って言った? 」

 問いに、アントワーヌは平然とした表情で、「ああ」とうなずいた。

「あ、ああ、なるほどねえ」

 と、レア。

「やったことがないから、失敗したことがなかった──って、ふざけないでよ! 」

「嘘はついていないだろう」

「謎かけじゃないのよ! こっちは命がけなのよ! 」

「ナイフ投げなら、それこそ死ぬほどやってきた。馬に乗ったのは はじめての経験だ。乗り心地は悪かったな」

「それは悪かったね! 」

 コリンも ぷんすか 叫ぶ。

 しかし、コリンよりも さらに怒っている人間がいた。

「“馬に乗ったのは はじめて”ですって⁉ 」

 レアだ。

「私は が失敗したことないって言ったから命を預けたのよ! 」

「失敗しなかっただろ」

「そう言う問題じゃないの! 」

 ふたりの言い合いは、焚き木の火が消えるまで続いた。


 「寒くない? 大丈夫? 」

 声を掛けられ、コリンは顔を上げた。そこには、毛布に包まったリクがいた。

「毛布、いる? 」

「ううん、大丈夫」

 コリンは頭を横に振った。

「毛皮がある おかげかな。あんまり寒いと思わないよ」

 焚き木を立て直した一行は、寝る準備を はじめていた。

 レアとゾーイ、そしてリクが焚き木の すぐ側で、アントワーヌが林の入り口で、コリンが林の奥で、それぞれ見張りを兼ねて眠ることとなった。

「きょうは凄かったね」

 リクが言う。

怒涛どとうの一日だったよ」

 コリンもうなずく。

「そろそろ変身 解ける? 」

「うーん、たぶん? 」

 リクからの問いに、コリンは自分のひづめを見下ろした。言われてみれば、さっきから、体が ムズムズ するような。

「変身は残り1回だけど、ミスター・ファブリはどうするんだろう──って」

 コリンは、自分の胸元を見下ろして、そこに何も ぶら下がっていないことに気がついた。

「ミスター・ファブリが、いない」

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