第2話『恋の手紙とお節介焼き』
コリンの故郷に停車する。
この噂は たちまち汽車全体に広まった。というのも、一部始終を陰で こっそり聞いていた妖精、“ピクシー”のキョウダイが、汽車中に言いふらして回ったからだ。
しかしコリンが困っているのは、その噂じゃない。もうひとつの方。
「ね、ね、知ってる? “エーファ”のこと! クリクリ お目目の女の子よ! 大きなお屋敷に住んでいて、おしとやかで可愛いの! それが なんと、コリンの婚約者なんだから びっくりよね! 」
“婚約者”と聞いて、真っ先に飛びついてきたのが、ロマンティックに浸りがちな、美しきウェイトレス、レアだ。黄色みがかった金髪を丁寧に巻き、お金持ちの ご婦人よりも、さらに重たいフリルのワンピースに身を包む彼女は、コリンを食堂車に呼びつけると、サファイアのような水色の瞳を キラキラ させて こう言った。「エーファちゃんに お手紙を書きましょうよ! 」と。
「“お手紙”? 」
コリンは首を傾げた。
レアが「そうよ! 」と うなずいた。
「コリンの せいでは ないにしても、彼女を長い間 待たせてしまっていた訳でしょう? だから、ごめんなさい って意味も込めて、お手紙を書くのよ! 彼女、とっても喜ぶと思うわ! 」
まあ、コリンの生きていた時代に停車するとは限らないけれど、用意しておく価値はあると思うの。
「どうかしら? 」
「僕は字が書けないから」
「だから、私が声を掛けたのでしょう? 」
「えっ⁉ 」
「私が書いてあげるわ! 任せて! 」
嫌な予感がするよ、とコリンは思ったが、彼女の決心を揺るがすことは、昇る太陽に今すぐ月になれと命じるくらい無茶なことだ。溜息を吐き、仕方なく、「が、頑張ってね」と返すしかなかった。
果たしてコリンの予想は もれなく的中することとなった。
コリンの婚約者に手紙を書くという重大な任務を──彼女の手で勝手に──課されたレアは、ロマンティックな文を
「コリンの婚約者に手紙? そりゃ おもしろそうじゃねえか。よし! 俺も手伝うぜ」
若き炭鉱夫は言葉通り、腹の底から おもしろがっている風に言った。
「あーあ、いよいよ とんでもないことに なってきたぞ」
コリンは心の中で そう つぶやいた。というのも、レアもアダムも、博識でロマンチストなことには変わりないのだが、それぞれが違う方向にロマンを広げているからだ。簡単に言うと、「普段から気が合わない ふたり」。そのせいで1日に何度も ぶつかり合っている。
さて、こうして凸凹コンビの はた迷惑な共同作業が はじまったのであった。
『
「何よ、これ」
レアがアダムの手紙を放り投げて言った。
「何しやがる! 」
アダムは投げられた手紙を
「捨てたのよ! 」
レア。
「ヘンテコな文章! あんた いつの時代の人間? シェイクスピアでも書かないわよ、こんな臭い文章! 」
「ロマンあふれる散文的恋文だ! 」
アダムが言い返す。が、美しいウェイトレスが負けるはずがない。
「散文的恋文? 変よ変! 変! 聞いたことも見たこともないわ! 」
「変じゃねえ! 」
「変よ! ねえ、リク、どう思う? 」
机越しにレアが問う。
コリンの両隣には、昼間の炭鉱夫、リクとニックの姿もあった。レアとアダムの言い合いに顔を右往左往させるのコリンとは反対に、炭鉱夫の ふたりは
「え、私? 」
「ゲホ! 私、ケホ! ごめん、ゲホ! 何にも聞いてなかった! 」ゲホゲホ「ニックに聞いて! 」
「ニックはどう思うよ! 」
今度はアダムが身を乗り出した。
「あ、俺か? ああ、いいと思うぞ。俺には難しくて よく理解ができなかったが」
お人好しの大男は頬を
「だろ? 」
とアダム。
「ちょっとニッキー! アディを甘やかさないでよ! 」
レアが怒鳴った。
「ニッキーは肯定してくれている“風”だけれど、難しいって言っているでしょう? 難しい手紙なんて、コリンらしくないわ。書き直してちょうだいよ」
「コリンらしくねえかあ」
「そうよ」
と、
「“ビロード”やら“小鳥”やら、コリンが使えると思う? 日常会話でさえ たまに危ういのに、こんなコテコテな文章、書けっこないわ」
「日常会話すら危ういって、どういうこと? 」
レアの言葉にコリンが噛みついたが、コリンのことなど全く視野に入っていないアダムは、「そうだな」と真面目な顔で頷いた。
「馬鹿なコリンには、こんな洒落た手紙なんて書けねえな」
「アディ! いまの悪口は ちゃんと聞き取れたからね! 」
馬鹿って言った! と、コリンは地団駄を
「コリンからの手紙なんだから、もっとラフにしましょうよ」
「ラフ? ラフってどういう意味? また悪口? 」
聞くコリンに、レアとアダムが鬼の形相で振り向く。
「コリンは黙ってて! 」
ふたつの口から同時に怒られ、今度こそコリンは お怒りモードだ。
「元々は僕の手紙なのに! 」
「本当に その通りだよ、ふたりとも」
ゆったりと落ち着いた声が聞こえ、調理場へつづくアコーディオンカーテンが開いた。中から出てきたのは、ウェイトレスのゾーイと、たったひとりの料理長、ソジュンだ。ふたりは食堂車に集う みんなに、おかわりのクッキーとジュースを運んできてくれたのだ。
「リリイもアディも、コリンを助けたくて代わりに手紙を書いてるんじゃなかったっけ? 」
大皿に乗ったクッキーを机の上に滑らせて、ゾーイは問題児たちを見比べた。
一方で、ゾーイの背後に ぴったりついてきた
「違うのよ」
叱られても言い返すのが、年の若いレアだ。
「私たちは ちゃんと考えているのよ? こうかしら、こうかしらって。当のコリンが考えてくれていないんですもの。どういうものを書いたらいいのかしらって聞いたら、どういうものを書けばいいのかなって! 質問に質問で返されるのよ。どうしようもないのよ」
「あら、それは困ったね」
レアの言い訳に、ゾーイは首を
「だって、だってさあ。僕、文字が読めなければ書けないもんだから、手紙なんて書いたこと無かったんだよ。どう書けばいい? なんて聞かれでも、困っちゃうよ」
「うーん、それもそうだねえ」
ゾーイはコリン側の意見にも頷いてくれる。
「難しいですねえ」
ソジュンも ゾーイに続いて困ったポーズを取る。
「あのさ」
ここで言葉を発するのがリクだ。
「コリンと結婚する人」エーファって言ったっけ? 「って、どんな子なの? 」
「そうよ、そう! それを聞いていなかったわ! 」
リクの言葉に、レアが手を打ち合わせた。
「そういや、そうだったな」
アダムも頷く。
いまさら重要なことに気がついた、“抜けてる ふたり”に、ゾーイは溜息をつく。
「まったく、あんたたちったら……」
そうやって呆れた素振りを見せる彼女だったが、好奇心には逆らえなかったみたいだ。
「それはいいとして、エーファって どんな子なのさ? 」
レアとアダムと同様、前のめりになってコリンに迫った。
「もう! みんな いい加減すぎるよ! 」
叫んで、コリンは
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