第9話『真夜中列車と炭鉱夫』

 ガタン、と おおきな揺れを感じ、コリンは跳ね起きた。

 布団に包まったまま、眠たい目を ゴシゴシ こする。ぼんやりした視界は、眠りに落ちた時と同様、真っ暗なままだった。

 枕元の窓をのぞき、「あれ? 」異変に気がついた。

「森──? 」

 そう。さっきまで海の上を走っていたはずの汽車が停まっていたのだ!

 と、廊下を パタパタ 走る足音が聞こえた。ふたり以上、3人はいるだろうか。食堂のある3号車の方から、コリンの部屋の前を通って1号車へ、静寂せいじゃくに配慮した足音で、それでも忙しなく駆け抜けてゆく。

 コリンは ほとんど無意識に、布団から抜け出していた。床に投げ出していた革靴を履いて、まだ稼働していない脳味噌のままで廊下へ出た。廊下の おおきな窓も寝室 同様、深い夜の黒色に染まった木々を映し出していた。

 夢見心地のまま、コリンは足音たちを追いかけ始めた。

忙しい足音は1号車を抜け、外の鉄橋に出る扉を開けていた。コリンも続いてゆく。

「うう、寒っ! 」

 外に一歩踏み出して、ぶるり と震えあがった。

 いつかアントワーヌか誰かが説明してくれたが、汽車の中は常に心地よい温度になるように設定しているらしい。夏でも冬でも ずっと同じ あたたかさなのだ。

「本当、不思議な場所だよ」

つぶやいて、鉄橋を歩き出す。この細い、コの字に曲がった橋は、運転室に繋がっている。

 汽車を囲む木々に目を配らせながら、鉄橋を渡る。運転室に着く。

 不思議な汽車の運転室が平凡なはずがない。

橋を渡り切ってすぐに現れる運転席には、“ポッド”という──日本では「オニ」と呼ばれている──妖怪が座っている。てらてら した灰色の肌を持つ、でっぷり太った妖怪は、残念なことに、興味本位で運転席に座って以来、ぴったり と肘掛けの間にハマってしまって、永久に抜けられなくなってしまったのだ。

 大好物の砂を お腹いっぱい食べ終えたあとなのだろうか、豊かに膨らんだ腹にバケツを抱えたまま、気持ち良さそうな いびきを奏でていた。

そんなポッドの うしろを通り過ぎ、コリンはついに、足音たちの姿を見つけた。

「あ、コリン! 起こしちゃった? 」

「あんなすげえ音したら、起きるに決まってんだろ」

「寒いだろう。こっちに座るか? 」

 リク、アダム、ニック。炭鉱夫たちだった。

 炭鉱夫たちは暗がりの中、吊り下げられた豆電球の下に、顔を突き合わせて しゃがんでいた。

「なにしてるの? 」

 たずねつつ、コリンは3人の間に腰を下ろした。違う模様の地図が2、3枚と、方位磁石、コンパス、コンパスに よく似た道具が輪の真ん中に置かれていた。

「汽車が止まったでしょ? どこに停まったのか、調べてるの」

 地図から目を離さないままで、リクは答え、「やっぱり、ここのあたりじゃない? 」地図を指差し、アダムに言った。

 リクが指したところを見たアダムは「うーん」とうなり声を上げた。

「そこの付近だってことは違いねえんだが、森の中に停まっちまったからなあ。空が見えないと、断言が──」

「あしたになってみないとな」

 おなじように地図をのぞき込んでいたニックが言った。

「あした? 」

 コリンが聞き返す。

「明るくなったら、近所を探索するっつーことだ」

 立ち上がったアダムが伸びをしながら答えた。

「それって、僕も行けるんだよね? 」

 コリンが また聞くと、アダムが、「どうだろうな」と言う。

「トニ次第だな。夕方の時点では了承していたが、朝になってみねえと。やっぱりなしってこともあり得るからな。汽車の全責任を背負ってるのは紛れもなくトニだ。どんな不平不満があっても、トニの決定に従うっきゃねえよ」

「〈プーカの衣装箱〉を使っても だめなの? 」

 床に広げた地図を畳んでいたリクが、アダムを見上げて聞く。

「どうだろうな。ま、ぜんぶ朝になったら わかるっつーことだ」

 まとめて、「じゃ、戻るか」3人に声をかけた。

「そうだね」

 リクとニックが立ち上がった。

「僕は、もうちょっとここに残っていようかな」

 一方、コリンは まだ しゃがんだままで言った。

 言われたアダムは、寸の間コリンの顔を見つめていたが、すぐに「そうか」と いつもの口調で言い、「じゃ、またあとでな」と、鉄橋に消えて行った。

「え、と、また、ね? 」

 なにかを察したというように、リクが不器用に言って、あとに続いた。


 リクが1号車の扉を閉める音が聞こえた。

 コリンは、おなじく運転室に残った、目の前の大男に視線を注いだ。

「ニックは、部屋に戻らないの? 」

 コリンが聞くと、ニックは困ったような微笑みを浮かべ、肩をすくめた。

「仕事をしていこうかと思ってな」

「仕事? 」

 コリンが尋ねると、ニックは「それ」と、立ち上がったコリンの足もとを指差した。

「あ」

 床の上には、シャベルが ふたつ、放られていた。

 運転席があっても操縦不能な蒸気機関車。しかし いくら操縦不能と言っても、動力は必要なのだ。いつもなら、機関助士と呼ばれるがいるのだが、いちにち働き通しなのも可哀想だからと、休憩を与えたのだと言う。

黄昏たそがれついでに、手伝ってくれないか? 」

 ニックから提案され、コリンは耳を熱くさせた。

「お、落ち込んでるの、ばれちゃってた? 」

 シャベルを拾って渡される。

「コリンは顔に出やすいからな」

 と、ニック。

「あまり敏感びんかんな方じゃないリクでも気がつくくらいだ」

 ポッドが寝ているにも関わらず、大男は大胆に笑い声を立てて言った。そして石炭を ひとすくい、火室かしつに放り込んだ。

「アダムから下車が確実じゃないと言われたのが原因か? 」

 聞かれて、コリンは不安げに口角を上げて、かすかに首を振った。

「違う。むしろ、アディの言葉に、ちょっと安心しちゃったんだ。それで、そんな自分に、驚いちゃったというか、ガッカリしたというか」

「安心? 」

 どうしてだ? と、ニックは尋ねる。

「どうしてだろう」

 コリンは視線をシャベルに落とす。

 どうして──……

 豆電球の光が反射して、キラキラ して見える石炭を、みぎから ひだりへ、みぎ から ひだりへき移しながら、いつしか、無言になってしまっていた。

 ニックは、難しい表情で仕事をするコリンに ちら と目を向けただけで、機関助士たちが遊び飽きて戻って来るまでの時間、黙って、ちいさな友人に寄り添ってくれていた。

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